第4回 「甘い飲み物は体に悪い」のウソ?ホント?

「ここで問題になったのは、何をもって糖尿病に罹患しているかを決めるのかということです。統合した17の論文でも、『私は糖尿病を患っています』という自己申告に頼った研究もあれば、きちっと血糖値を測ったり病院のカルテで確認している研究もあります。そして、フルーツジュースと糖尿病との正の相関を出している研究は、自己申告に頼っているものが多かったんです。一方で、血糖値やカルテをもとに客観的に糖尿病の罹患をおさえた研究では、相関は見られませんでした。自己申告で済ますか、血糖値やカルテできちんと見るかという違いで、研究結果が違ってくると分かりました」

 これは、とても興味深い分析だ。なぜ自己申告に頼るとフルーツジュースの影響が大きく出るのか、その背景を考えようにもなかなか思いつかない。

「ものによっては、研究者が簡単に結果を出そうとして、スキャンダラスな情報だけ出した可能性もあります。でも、正直、よく分からないですよね。ただ、原因がはっきり分からなくても、糖尿病の罹患のおさえ方、測定の仕方によって、結果がはっきり分かれてしまうなら、もう強いことは言えないんですよ」

 さらにいえば、このメタアナリシスの後、フルーツジュースを提供して飲んでもらうタイプの介入研究も2017年に論文になっており、それによると、フルーツジュースの摂取には、糖尿病のリスクに関わる指標、例えば、血糖値などを慢性的に悪化させるエビデンスはないという(※5)。栄養疫学分野では、観察研究のメタアナリシスを参照しつつ数少ない良質な介入研究にも目配りをするべきというのは、前回、「エビデンスレベル」の話のところで今村さんがまさに言っていたことだ。

 というわけで、今村さんは、現状のエビデンスではフルーツジュースが糖尿病のリスクを上げるとは言えないと結論している。

 あらためてこのメタアナリシスのおさらいをする。

 集約すれば、以下の通り。

 まず、加糖飲料を毎日コップ1杯ほど摂取している人はしていない人と比べて糖尿病罹患リスクが10%ほど高い。そして、ダイエット飲料やフルーツジュースは悪いとは言えない。

 この知見は、前述の「砂糖税」の導入などの形で、英国をはじめ国際的な公衆衛生政策にも反映されている。また、この研究をはじめとした疫学研究の社会への貢献は、学内での評価もすこぶる高く、ケンブリッジ大学の2016年学長賞受賞へとつながったそうだ。

 ただ、ここで少し悩ましいことに触れておく。

 今、日本語で、フルーツジュースと健康の関係を検索してみると、「加糖飲料はもちろん、フルーツジュースも有害だと科学的に示された!」と述べているサイトが見つかる。中には今村さんの研究を根拠にしているものもある。論文の著者が慎重な解釈をしているのに、それを知っているのか知らないのか、とても不思議だ。

 このあたりは、栄養疫学分野の知見が、一般にとても関心を持たれており、研究の内容が曲解されつつ独り歩きしてしまう一つの実例だ。それにしても、論文の中での解釈とは反対の意見があたかも研究結果のように語られてしまうのは、かなりつらい。

(※5)Murphy MM, Barrett EC, Bresnahan KA, Barraj LM. 100 % Fruit juice and measures of glucose control and insulin sensitivity: a systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials. J Nutr Sci. 2017;6:e59.
https://doi.org/10.1017/jns.2017.63

つづく

今村文昭(いまむら ふみあき)

1979年、東京生まれ。英国ケンブリッジ大学医学部MRC疫学ユニット上級研究員。Ph.D(栄養疫学)。2002年、上智大理工学部を卒業後、米コロンビア大学修士課程(栄養学)、米タフツ大学博士課程(栄養疫学)、米ハーバード大学での博士研究員を経て、2013年より現職。学術誌「Journal of Nutrition」「Journal of Academy of Nutrition and Dietetics」編集委員を務め、「Annals of Internal Medicine(2010~17年)」「British Medical Journal(2015年)」のベストレビューワーに選出された。2016年にケンブリッジ大学学長賞を受賞。共著書に『MPH留学へのパスポート』(はる書房)がある。また、週刊医学界新聞に「栄養疫学者の視点から」を連載した(2017年4月~2018年9月)。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『天空の約束』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。