第3回 健康情報の「エビデンス」を鵜呑みにしてはいけない理由

 観察研究の中では、地域ごとに疾病の頻度などを記述する、〈地域相関研究(生態学的研究)〉や〈横断研究〉といったものがある。例えば、各地域の特定の食物の摂取と、特定のがんの罹患率との関係を調べる研究がそれにあたる。ある時点における集団の状態をまるで「写真」を撮るかのように観察して、より確かなエビデンスを得るためのきっかけとなる情報を引き出すものだとぼくは理解している。前項で出たインドのマスタード消費と心疾患患者の話もまさにこのタイプの研究だ。大いなる示唆を与えつつも、心疾患の原因がマスタードの摂取なのか、地域ごとに異なる別の何かなのか、この研究からは区別できない(だからこそ、数十年越しの今村さんの検証を待たねばならなかった)。

 さらにもう一歩進むと、観察研究の疫学の中でも花形的な手法といえる、〈コホート研究〉と〈症例対照研究〉がある。これらの研究デザインでは、何が「原因」なのかを問い、いわゆる「因果推論」に踏み込むことになる。

 まず、すでに話題にしたコホート研究は、前述の地域相関研究などのように、ある集団のある時点における「写真」をもとにするのではなく、時間経過とともに発生する疾病を観察する。つまり、何十年も長回しした「ビデオ」を元にした研究だ。長期間追跡しているわけだから、その中で、病気になった人たちと、病気にならなかった人たちと比較して鍵となる因子を探ることができる。

 その一方で、過去の履歴を検証する症例対照研究では、すでに患者が発生しているような状況で、患者のグループと健康な人のグループを比較して影響したであろう因子を探る。疾病がすでに目の前にある状況からスタートして、過去にさかのぼって因子(たとえば、特定の仕出し弁当を食べたとか、同じ教室に長時間一緒にいた、など)を探るため、やはりこちらも研究の中に時間経過が内包されている。

 これら2つの研究デザインの中では、一般にコホート研究の方がより信頼できるとされるが、実は研究デザインに優劣があるわけではなく、明らかにしたい課題に応じて向き不向きがあると理解した方がよい。

 ぼくの理解では──

 たとえば、稀な病気の因子を知りたい時、何十万人を追跡している大規模なコホートですら、分析に足るだけの症例数が確保できないかもしれない。そんな時は、すでにその病気になっている人たちを見つけて症例対照研究する方があきらかに向いている。また、新興感染症など新しく認識された課題で、今手にしうる最良の知識をなるべく早く得たいというような場合も、症例対照研究の方が有利なことがある。コホート研究をするには、基本的にはこれから病気になる人が出るのを待つことになるからだ。ぼくは、コホート研究が「疫学研究の華」だとすれば、症例対照研究は「疫学研究の機微」だと感じる。