第2回 キャノーラ油の起源と、もしかしたらすごい社会貢献度

「私も調べて知ったんですが、キャノーラって、CANadian Oil Low in Acidの略なんですよ。カナダの研究者が、エルカ酸が少ないスカンジナビア系のアブラナを輸入してきてブリーディングに成功し、その品種で作った油をキャノーラと名づけて、北米に普及させたんです。インドの疫学研究は質が高くなかったんですが、キャノーラオイルが普及したこともあって、その後、さらに研究する人はいませんでした。忘れられていたと言ってよいと思います。私はポスドクの時に、体内にあるいろいろな種類の脂質をひとつひとつ扱うのではなく、そのパターンがどう影響するかという研究をしていました。その研究を終える頃、面白い昔話があるエルカ酸にも着目して検討してみようと決めました。そして疫学的に何十年も前の仮説を支持する結果が出たというわけです」

 今村さんのエルカ酸をめぐる論文は、2013年に「Circulation(「循環」の意)」という循環器系医学のトップジャーナルに掲載され、フリーで読むことができる(※1)。

 結論はこんなふうだ。対象となった2つの集団(コホート)それぞれでエルカ酸の血中濃度が高い人から低い人まで5段階に分けて検討すると、一番高いグループは、一番低いグループに対して、それぞれ34%、57%も「うっ血性心不全」のリスクが高かった。(注・エルカ酸を摂取するグループ(曝露群)と、摂取しないグループ(対照群=コントロール)に分けて調べるのが定石だが、エルカ酸の血中濃度に着目してそういった比較に相当する解析を行っている)。

血中エルカ酸濃度と心不全との関係を示した図。これはCardiovascular Health Studyというコホート研究の例。もうひとつのコホートでも類似した結果が得られた。横軸がエルカ酸濃度、縦軸が発生率の相対的な高低を示す(正確にはハザード比と呼ぶ)。すなわちエルカ酸濃度が高かった人ほど心不全の発生率が高かったと解釈される(グラフの実線とひし形)。ひし形は集団を5つのグループに分けたときの結果。破線、およびひし形の上下に延びた縦線は、各発生率比の95%信頼区間と呼ばれるもので幅が狭いほど推定値の精度が高いと解釈される。”P”というのは結果が統計上、有意かどうか判断する指標のひとつで、0.05未満で有意と判断される(ここでは細かく触れない)。(画像提供:今村文昭)
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「検討した2つのコホートというのは、心疾患や脳卒中に関連する因子を詳しく知るために立ち上げられた高齢者を追跡したもの(※2)と、中高年の集団を追跡したもの(※3)の2つです。なぜ2つの集団を対象にした解析を行ったかというと、再現性を得たかったからですね。最初は高齢者のコホートだけの予定だったのですが、結果がきれいすぎたことと研究の質をよくしたい目的とで、2つのコホートで研究論文を仕上げることになりました。

 どちらのコホートでも1990年頃に3000人強の対象者から血液サンプルを採血していて、数十種類もの脂肪酸の濃度をすでに測定していました。それらの中にエルカ酸も含まれていたんです。もちろん、キャノーラオイルが普及した後ですが、それでも、菜種油以外の食品にも少量ずつエルカ酸が含まれていたからか、血中濃度が高い人と低い人のグループを分けて解析できました。それで、濃度が高い人ほど心不全を患うリスクが高かったと分かったわけです」

 ここではさらりと語られたが、1つの論文で実質的に2つのコホート研究を同時に行っていることに注目しておこう。これは単純に考えて手間が倍になるわけだし、実はあまり見ないやり方だ。1つのコホートで「きれいな結果」が出たなら、速やかに論文にしてしまったほうが業績としてカウントされやすいだろう。しかし、ここで今村さんが見せた慎重さは、ぼくにはとても好ましいものに思える。

(※1)Imamura F, Lemaitre RN, King IB, et al. Long-chain monounsaturated Fatty acids and incidence of congestive heart failure in 2 prospective cohorts. Circulation. 2013;127(14):1512-21.
https://doi.org/10.1161/CIRCULATIONAHA.112.001197

(※2)CHS(Cardiovascular Health Study 心血管健康研究)

(※3)ARIC(Atherosclerosis Risk in Communities Study しいて訳せば「複数コミュニティにおけるアテローム性動脈硬化リスク研究」)