合併症には重篤なものが多い。狭心症・心筋梗塞、脳梗塞など直接生命にかかわる疾患の他、腎症で透析が必要な状態になったり、認知症のリスクを上げたりもする。1964年生まれのぼくの子ども時代、近所で糖尿病由来の極端な血行障害から両足が壊死して切断を余儀なくされた人がいた。その後、別の知人が眼底出血を繰り返し失明したこともあった。それぞれ糖尿病足病変、糖尿病網膜症、といった病名があることを後で知った。子どもながらに非常に衝撃的な出来事だった。

 いったいなにをすると糖尿病になるのだろう。食べ物が関係することは確かだが、それだけというわけではない。様々なことが絡まり合っている中、今村さんたちは、介入すると予防効果がありそうな因子を見出そうとしている。なお、糖尿病には1型と2型があり、1型は生活習慣と関係ない自己免疫系の疾患が原因だとされている。食事などの生活習慣の改善で予防が期待できるのは2型の方だ。今後、本稿の中で「糖尿病」と書いたら、基本的に2型のことだと読み替えてほしい。

 では、どうやって研究するのか? 一般に「糖尿病の原因を探る研究」と聞くと、白衣を着て実験室でなにかをしたり、やはり同じく白衣の医師が患者を診たりする光景を想像する人が多いかもしれない。けれど、ぼくが見た今村さんの職場は「オフィス」そのものだった。

今村さんの研究室。
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「白衣を着てやるようなものではないですね。普段は、コンピュータを前にしてデータを扱っています。ケンブリッジ大学は、1990年代から、ヨーロッパ10カ国の50万人を追跡しているEPIC(エピック)という名前のコホート(研究の対象になる集団)の運営に参加していて、まずそのデータを使わせてもらえます。また、2005年からは、私たちのユニットで独自に、フェンランド研究という1万2000人ぐらいのコホートをイギリス東部のノーフォーク地方の近郊で走らせていて、こっちは運動習慣に力をいれている疫学研究です。食事習慣、遺伝子なども見ているのですが、特に運動習慣と健康、病気がどう関係しているか、体に加速度センサーをつけてもらって、運動やGPSのデータを取っているのが特徴です。あと、タフツ大学での博士研究や、ハーバード大学でのポスドクでの研究では、聞いたことがあるかもしれませんがフラミンガム研究のデータを解析していましたし、ほかの北米のコホートで論文を書いたこともあります。ポスドク時代の研究テーマは、糖尿病の研究もしましたが、心臓の病気などがメインでした」

 コホート研究という言葉が出てきた。コホートの語源としては、古代ローマの歩兵隊の1単位のことだそうだが、ここでは観察対象となる集団のことを指している。数千人から数十万人という大きな集団(コホート)を長期間追跡することで、どんな生活習慣なり、環境要因なりが、病気や健康に関係しているのか見つける。大規模なコホート研究は疫学研究の華であり、1948年にマサチューセッツ州フラミンガムで始まったフラミンガム研究はどんな疫学の教科書にも出てくる古典的でなおかつ現役のコホート研究だ。

 今村さんはフラミンガム研究など北米のデータから始め、今では欧州の50万人規模のEPIC研究や、1万2000人と比較的小さめではあるけれど「運動習慣」に特に力を入れたフェンランド研究を「自分のコホート」として研究することができる立場なのだった。

つづく

今村文昭(いまむら ふみあき)

1979年、東京生まれ。英国ケンブリッジ大学医学部MRC疫学ユニット上級研究員。Ph.D(栄養疫学)。2002年、上智大理工学部を卒業後、米コロンビア大学修士課程(栄養学)、米タフツ大学博士課程(栄養疫学)、米ハーバード大学での博士研究員を経て、2013年より現職。学術誌「Journal of Nutrition」「Journal of Academy of Nutrition and Dietetics」編集委員を務め、「Annals of Internal Medicine(2010~17年)」「British Medical Journal(2015年)」のベストレビューワーに選出された。2016年にケンブリッジ大学学長賞を受賞。共著書に『MPH留学へのパスポート』(はる書房)がある。また、週刊医学界新聞に「栄養疫学者の視点から」を連載した(2017年4月~2018年9月)。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『天空の約束』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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