「ちょっと特殊なんですが、私の立場は、ケンブリッジ大学の研究員であり、日本で言うところの厚生労働省の研究者でもあるんです。MRCは、医学研究の公的な資金をどう分配するかを決める機関で、研究拠点を英国各地に散らばせています。私たちのところは糖尿病と肥満にかかわる疫学のユニットです」

 つまり、MRCはイギリス政府が医療関係の研究を委託する仕組みで、国立の研究所をドンと構えるのではなく、各地の大学や研究所にそれぞれのテーマに応じて予算を分配して研究を進める形を取っているのだそうだ。ケンブリッジには、「疫学」の他にも「分子生物学」や「がん」などのMRCユニットがある。

 そんな中、疫学ユニットには、50人を超える研究者が所属している。ぼくが見た「オフィス」は、それらの研究者がプロジェクトごとに分かれた大部屋の一つだった。

 では、栄養疫学者である今村さんのテーマが、なぜ糖尿病や肥満なのか。

「簡単に言いますと、糖尿病を予防するにはどんな食生活を送るといいのか、どんな生活習慣が望ましいかということを研究しています。今、日本でも1000万人くらい治療を要する患者さんがいると言われていますし、英国でも300万人と社会的な問題です。さらに、世界的に見ると数億人もいて、今も増えています。糖尿病って、それを入り口にしていろんな病気につながっていきます。心臓の病気だったり、腎不全だったり、血管系の疾患の危険因子です。公の立場からは医療費がかさんで社会的な負担になるということで、予防が重要です。そこで、どのような環境因子や遺伝子や代謝の因子が、どれだけ糖尿病に関与しているのか見つけて、それを介して予防をできればよいというわけです。食事というのは、そのひとつの大きな要素なんです」

 つまり、今村さんの取り組みの視野と射程は、ぼくたちが素朴に知りたがる「健康情報」よりも広く長い。ぼくたちが健康情報を咀嚼する時に、こういった研究のあり方を知っておくことは大いに意味がありそうだ。今回のシリーズでは今村さんの研究の「風合い」を知ることをひとつの焦点にしていこう。

 一応、確認しておくと、糖尿病は、膵臓から出るホルモンであるインスリンが十分に分泌されず、あるいは働くことができず、血液中のブドウ糖(グルコース)の濃度、つまり血糖値が高いままになってしまう病気だ。

 ブドウ糖はぼくたちが生きていくための、いわば「燃料」になる必要不可欠なものだ。インスリンが働かずブドウ糖が血中に留まって細胞に入っていきにくくなるので、細胞が「飢餓状態」になってしまう。また、血中のブドウ糖濃度が高止まりし続けると、血管の細胞のタンパク質や脂質と結合するなどしてダメージを与えてしまう。「燃料」だけに、反応性が高いのだというふうにぼくは理解している。しかし、血糖値が高いだけでは自覚症状にとぼしいのが問題で、昔は合併症が出るまで気づかないこともあった。

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