カナダのなかのフランス ──ケベック

 しばらく歩いていると、左手に広大な戦場公園が現れた。カナダの歴史で最も重要な戦闘といわれる「アブラハム平原の戦い」が行われた場所だ。

ジェームズ・ウルフ将軍は、フランス軍を欺くために艦隊の大部分を下流に移動させ、夜陰にまぎれて何隻もの小舟で多数の兵士をこのアブラハム平原に上陸させた。城塞を出てここで戦うことにしたフランス軍は、あっけなく敗北してしまう。
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 18世紀、新大陸では、フランスとイギリスによる植民地争いが繰り広げられていた。1759年、ケベックの支配を巡って、ジェームズ・ウルフ将軍率いるイギリス軍と、ルイ・ジョセフ・ド・モンカルム将軍率いるフランス軍が、畑と牧草地だったこの場所で決戦に挑む。

 戦いはわずか20分足らずで、フランス軍の敗北という形で決着がついた。これにより、1世紀半に及んだ新大陸でのフランス支配は終わりを告げた。そして4年後のパリ条約で、ケベック・シティはイギリス植民地の首都となる。

 緑の芝生に覆われた公園には、所々にベンチやピクニック・テーブルが置かれ、市民の憩いの場となっていた。そんな穏やかで平和な光景を見つめていると、かつてこの場所で血なまぐさい戦闘が行われたことが、にわかに信じられなくなってくる。

 花壇に囲まれた広場の中央に、馬にまたがり右手で剣を振り上げている大きな銅像があった。おそらく勇敢に戦ったモンカルム将軍のものだろうと思って近づくと、意外にもそれは、百年戦争でフランスの勝利に貢献したとされるジャンヌ・ダルクの像だった。プレートには「戦闘での戦死者を追悼するために、匿名の民間人がカナダ戦場管理委員会に寄贈した」との説明がある。

 ケベック州の公式モットーは「Je me souviens(私は忘れない)」というフランス語で、これは自動車のナンバープレートにも記されている。この銅像といい、ナンバープレートといい、イギリスからの完全独立を願うフランス人の根強い思いは、今の時代も色々なところに生き続けていた。

 近くのカフェでカプチーノを飲んで一息ついた後、旧市街全体を守るように位置する星形のシタデル(要塞)に入ってみることにした。微動だにしない衛兵が立つ石の門をくぐると、ギフトショップを併設した小さな受付があり、スタッフの女性が笑顔で出迎えてくれた。そして十分後に英語のツアーがあると教えてくれる。

 集まったのは、カリフォルニアからの観光客の女性と、トロントから友人を訪ねてきたという中国人の女性のみ。計3人だけだったが、それでも1人のガイドがついてくれ、予定通りツアーがスタートする。

「このシタデルは、イギリス統治下のカナダで建設された最大の要塞です。1820年に着工しましたが、完成したのは30年後でした」

 夏の間、観光ガイドのアルバイトをしているという大学生ジェームス・パトリック君が、流ちょうな英語でシタデルについて語りはじめる。彼の説明を聞きながらシタデル内にあるいくつかの建物を見学したが、やはり戦争に関するテーマは少し重かった。そのため、博物館で当時の戦いを伝える模型、実際に使われた兵器などを目にしても、なかなかシャッターを押すことができない。