カナダのなかのフランス ──ケベック

セント・ローレンス川を一望できる高台に建つ伝統あるホテル、フェアモント・ル・シャトー・フロントナック。1925年にセントラルタワーが完成し、ヨーロッパの古城を彷彿とさせる豪華ホテルに生まれ変わった。第二次世界大戦中、ルーズベルトとチャーチルによる連合軍の会議がここで行われた。
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 日本でも多くのファンをもつケベック出身のピアニスト、スティーブ・バラカット。日本のテレビ番組やCMで彼が生み出す透明感あふれる旋律を耳にするたびに、ケベック・シティの情景が懐かしくよみがえり、すぐにでも現地へ旅立ちたい心境に駆られる。

 カナダのなかで、何度も訪れたことがあるのがケベック・シティだ。カナダ史をひも解くと、この街なくしてこの国の歴史は語れないことがわかる。だから今回の旅は、この街に点在する数々の歴史遺産を訪ねながら、時の流れを肌で感じてみたかった。

 1985年、ユネスコの世界文化遺産に登録されたケベック・シティの旧市街は、崖上のアッパー・タウン、崖下のロウワー・タウンの二つのエリアに分かれている。まずは、アッパー・タウンの崖っぷちにあるテラス・デュフランという板張りの遊歩道に足を運んでみた。見晴らしがいいこの場所から、カナダの始まりに大きく貢献したセント・ローレンス川を眺めてみたいと思ったのだ。

 大航海時代、最初にこの地に足を踏み入れたヨーロッパ人は、フランスの探検家ジャック・カルティエだった。1534年、彼が率いる一行は、ガスペ半島を経由してセント・ローレンス川をさかのぼり、今のケベック・シティの地点までやって来る。そしてこの地を、フランス王国フランソワ一世の土地であると宣言した。1608年には、別のフランス人の探検家サミュエル・ド・シャンプランがこの地を訪れ、本格的な住居を建設、ケベック・シティを創設する。

 その後、大西洋を渡って来た入植者たちは、先住民との毛皮貿易などを行いながら、新大陸でのフランスの勢力を徐々に拡大していった。探検家たちを内陸部へと導き、その後もヨーロッパと新大陸を結ぶ重要な航路であったセント・ローレンス川。今の時代も、豊かな水をたたえ、西から東へとまるで大地が動くかのような感じでゆったりと流れている。

 セント・ルイス通りを歩き、サン・ルイ門をくぐってグランダレ通りへと向かった。ケベック・シティのシャンゼリゼ通りと呼ばれるこの通りには、しゃれたレストランやカフェ、バーなどが軒を連ねている。それぞれのお店のパティオ(中庭)では、ウエイターやウエイトレスが忙しそうにテーブルの準備に追われていた。