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トゥームストーン準州立公園の拠点となるドーソンシティ。ゴールドラッシュの頃に建てられた建物が今でも残り、新しい建物も似たようなスタイルで生み出されていく。歴史を受け継ぐことで、世界遺産登録を目指している。北米のどの街にもあるファストフード店は一軒もない。

 ユーコンはカナダ北端に位置する3つの準州の一つで、総面積は48万平方キロ。標高5959メートルのローガン山を最高峰とする高い山に囲まれ、野生動物たちが暮らす手つかずの大自然が広がっている。州都は人口約2万5000人のホワイトホースで、第二の都市は人口2000人ほどのドーソンシティ。州全体の人口を合わせても3万4000人という人口希薄の地だ。

 今回訪れる場所は、ドーソンシティから約100キロ北に広がるトゥームストーン準州立公園。夏の終わりになると、大地を真っ赤に彩るツンドラの紅葉が見られることで知られている。

 バンクーバーから約2時間半のフライトでホワイトホースへ。初日は街のホテルに一泊。翌日、レンタカーでクロンダイクハイウェイを走り、約500キロ北にあるドーソンシティを目指した。ドーソンシティは、かつてゴールドラッシュでにぎわいを見せた街だ。1896年、この地で金が発見されると、一攫千金を夢見る人々が北米各地から押し寄せた。ピーク時は4万人が暮らしていたという。しかし金が掘り尽くされ、新しい金脈がアラスカで発見されると、街は瞬く間に衰退した。

 夕方、ドーソンシティに到着する。ユーコン川の東側に8本の大通りが延び、サロン風のショップやホテルが建ち並んでいる。まるで西部劇の世界をそのまま絵に描いたような街並みが残されていた。歩きはじめてすぐに、この街の景観を魅力的にしているのが、未舗装の道であることに気づいた。ヨーロッパにある石畳のように、素朴な道が街の美観に一役買っているのだ。

 8月だというのに、街はひっそりと静まり返っていた。クラフトショップやレストランにも人影はまばらで、まるでシーズンオフの観光地のようだ。ユーコン川沿いの広場に、この街が繁栄していた頃に人や物資の輸送で活躍していた巨大な蒸気船がポツンと置かれていた。当時の騒がしさを想像しながらカメラを向けた。

トゥームストーン準州立公園は、北極圏のやや南に位置している。紅葉のピークは8月最終週で、ローレンシャン高原より1カ月程早い。公園を貫くようにテンプスターハイウェイが延びているので、ハイキングをしなくても雄大なツンドラの紅葉を楽しむことができる。
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 翌朝、ドーソンシティを出てトゥームストーン準州立公園を目指した。6号線を30分程走ると、テンプスターハイウェイとの分岐が現れる。北極圏へと続く唯一の道で、北米で暮らす多くの人が、「いつかはキャンピングカーで北の果てまで行ってみたい」とあこがれている道だ。

 すぐにハイウェイは未舗装になり、四輪駆動車は砂ぼこりを上げはじめた。少しずつ標高が増し、うっすらと新雪を抱いた岩山が現れる。山肌を覆うポプラの木々は黄色く色づいていた。この地の紅葉の始まりは毎年8月25日前後とされている。今日は29日だが、まさに紅葉のピークだ。

 トゥームストーン準州立公園の入口にある観光案内センターで地図をもらい、スタッフからお勧めのハイキングトレイルを教えてもらう。1~2日キャンプをしながら楽しむトレイルが主流だが、ゴールデンサイドトレイルであれば3時間ほどで踏破できるという。

 まずは少し車を走らせて高台のビューポイントまで行き、目を見張るほどの美しい秋の絶景と対面した。大地を覆い尽くす低木が真っ赤に色づいている。背後にはのこぎりの刃のようにギザギザした岩山がそびえ立ち、はるか彼方まで続いている。鮮やかな色彩とダイナミックな地形が織りなす景観は、この星の原始の姿を思わせる。

 ゴールデンサイドトレイルを歩いてみた。約50センチ幅の小径は、ぬかるみに木道が渡されているのでとても歩きやすい。途中、立ち止まって植物の写真を撮っていたら、たまたま通りかかったレンジャーが名前を教えてくれた。赤く色づく低木はヒメカンバ 、黄色はセイヨウヤナギ、大地を覆うように生えているのはカリブーが好んで食べるトナカイ苔だという。背の高い木々は生育できない極寒の雄大な原野──。この場所にポツンと一人でたたずんでいると、かすかな風の音や遠くから聞こえてくる野鳥のさえずりを意識するようになる。トレイルを一歩踏みしめるたびに、心と体が研ぎ澄まされていった。

 夕方、テンプスターハイウェイを車でゆっくりと北上し、トゥームストーン準州立公園の北の果てにあるチャップマンレイクまで行ってみた。時折、大型の四輪駆動のトラックに箱形の部屋を乗せた「トラックキャンパー」が追い越していく。旅しているのは老夫婦が多い。これから何日もかけて、北極海沿岸のトゥクトヤクトックまで行くのだろう。そして何日もかけて同じ道を戻るのだ。カナダらしいスケールの大きな旅にあこがれを抱いた。

イエローナイフのダウンタウンは、道が碁盤の目のように敷かれ近代的なビルが建ち並んでいる。平均気温は夏が20℃前後、冬はマイナス10℃前後で、時にマイナス30℃を下回ることもある。冬至の頃の日照時間は3~4時間ほど。
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 ユーコンの東に隣接するのがノースウエスト準州。州都イエローナイフは、グレートスレイブ湖のほとりに位置し、約2万人が暮らす小さな街だ。硬い岩盤に覆われているため、高いビルを建設でき、都会的な雰囲気をもつ街並みが広がっている。民族構成は、イヌイット、ネイティブカナディアン、都市から移住したヨーロッパ系カナダ人と多様で、まさにカナダの「モザイク」を絵に描いたような感じだ。夏は北部の文化を祝う真夜中の太陽の祭り、冬はカナダで最高額の賞金がかかった犬ぞりレースなどが行われ、イベントを通じて人々が集い交流しているという。

 ここイエローナイフも、1930年代のゴールドラッシュでにぎわいを見せた街の一つだ。1991年には北300キロのところにダイヤモンドの鉱脈が発見され、新たな活気が生まれた。また、2000年頃から、この街はオーロラ観測のベストスポットとして世界中に名が知れ渡るようになった。オーロラベルトの真下に位置している、1~2月の天候が比較的安定している、光のカーテンをさえぎる高い山がないなど、オーロラ観測に最適な好条件がいくつもそろっているのだ。

 2月13日、イエローナイフに到着してまず戸惑ったのが、マイナス31℃という厳しい寒さだった。外を歩くだけで、肌の露出した部分に突き刺すような痛みを感じる。鼻で息を吸い込むと、瞬時に鼻水が凍りつくのがわかる。持ってきた防寒具だけでは足りず、急きょ手袋や帽子を買い足した。

 この街に3日間滞在すれば、9割以上の確率でオーロラに遭遇できるらしい。ダウンタウンでも観測はできるが、外灯に邪魔されない郊外の方が写真撮影には向いているということから、ツアーバスに乗ってオーロラビレッジに行ってみることにした。

 オーロラビレッジは、オーロラ観測のために造られた小さな村だ。カナダ北部に住む先住民が移動式住居として使っていたティピーが所々に置かれ、観測者のための待機所として使われている。夜になるとティピーに明かりが灯り、幻想的な姿を見せてくれる。内部には暖炉があり、コーヒーや紅茶、ホットチョコレートなど温かい飲み物が用意されて、まさに至れり尽くせりの環境が整っていた。

 ビレッジに到着して夜空を見上げたが、オーロラは発生していなかった。外気温はマイナス35℃。凍傷の恐れを感じながらも、積極的に敷地内を歩き、見晴らしのいい高台で星空を眺めて何時間も過ごした。

 深夜0時過ぎ、北の空にうっすらと光の帯が現れた。ティピーの中でしびれを切らして待機していた観光客がいっせいに外に飛び出してくる。しかしその光は夜空にとけ、やがて上空は厚い雲に覆われた。

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この地ではノーザンライツ(北極光)と呼ばれているオーロラ。太陽から発せられたプラズマが、地球の磁場にさえぎられる過程で、酸素や窒素を刺激して明るい光が放出される。イエローナイフでは、年間240日くらいオーロラが観測できる。

 イエローナイフに来て3日目、再び快晴の青空が広がった。夜8時にオーロラビレッジへと行く。凍てつくような寒さにはだいぶ慣れ、撮影の準備も万端だった。レンズ内に発生してしまう結露は、鏡筒の外側にカイロを当てて対処することにした。

「出た!出た!」

 9時20分頃、途端にビレッジ全体が騒がしくなった。ティピーから外に飛び出し夜空を見上げると、確かに上空に明るいオーロラが発生している。高台までいっきに駆け上がり、一昨日に目星をつけていた針葉樹の森の前に三脚を立て、雲台にデジタルカメラを装着する。

 オーロラはグングンと勢力を増していった。嵐に吹き飛ばされる雲のように激しく動き、一瞬で夜空に溶け、そしてまた現れたと思ったら、次は大蛇のように光の帯をくねらせながら移動する。雪原が明るくなるほどの強い光だ。

 カナダを旅していると、突然発生した朝焼けや夕焼け雲に心躍らせることがある。しかし夜空に勢いよく舞うオーロラは、その感情の高ぶりをはるかにしのいでいた。激しい光の輝きに動揺し、焦り、なかなか思うような写真を撮ることができない。そんなもどかしさを感じていると、突然オーロラは長い光の帯となり、弧を描きはじめた。その後、何事もなかったようにフッと姿を消した。

 手応えのある作品が一枚もないかもしれない……というモヤモヤした気持ちでティピーへ戻る。上空はいつしか雲に覆われていた。ティピーからこぼれる明かりに照らされ、夜空から舞い降りる雪がキラキラと輝いていた。そっと手袋ですくってみると、何とその雪は1センチ以上もある大きな結晶の形をしていた。冬という季節が届けてくれた自然界の宝石は、数分前に目にした美しいオーロラの光とともに、これから先、ずっと心の中に残り続けるだろう。

この連載はカナダ観光局の提供で掲載しています。

吉村 和敏(よしむら かずとし)

1967年、長野県松本市生まれ。田川高校卒業後、東京の印刷会社で働く。退社後、1年間のカナダ暮らしをきっかけに写真家としてデビュー。以後、東京を拠点に世界各国、国内各地を巡る旅を続けながら、意欲的な撮影活動を行っている。自ら決めたテーマを長い年月、丹念に取材し、作品集として発表する。絵心ある構図で光や影や風を繊細に捉えた叙情的な風景作品、地元の人の息づかいや感情が伝わってくるような人物写真は人気が高く、定期的に全国各地で開催している個展には、多くのファンが足を運ぶ。近年は文章にも力を入れ、雑誌の連載やエッセイ集の出版など、表現の幅を広げている。作品集、写真展、テレビ出演等多数。2003年 カナダメディア賞大賞受賞、2007年 日本写真協会賞新人賞受賞、2015年 東川賞特別作家賞受賞。写真集に『プリンス・エドワード島』『「フランスの最も美しい村」全踏破の旅』(講談社)、『BLUE MOMENT』『MORNING LIGHT』(小学館)、『光ふる郷』(幻冬舎)、『あさ/朝』(アリス館)、『こわれない風景』(光文社)、『ローレンシャンの秋』(アップフロントブックス)、『林檎の里の物語』(主婦と生活社)、『PASTORAL』(日本カメラ社)、『Sense of Japan』(ノストロ・ボスコ)、『Shinshu』(信濃毎日新聞社)、『雪の色』(丸善出版)などがある。

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