知られざる入植者たちの歴史 ──ノバスコシアとニューブランズウィック

入江の対岸にある丘の上からルーネンバーグを望む。どの邸宅もよく手入れされ、現在に受け継がれている。かつて造船業によってこの港町は繁栄した。入江沿いには今でも造船所や倉庫が建ち並び、木造船のメンテナンスなどを行っている。
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 カナダ東部、ノバスコシア州の州都ハリファックスからヤーマスにに向かう道はライトハウス・ルートと呼ばれている。いくつもの灯台や素朴な漁村、歴史ある港町が点在する、人気のドライブコースだ。ハリファックスから南に延びる333号線を40分ほど走ると、巨大な花崗岩の上に真っ白な灯台がポツンと立つ、ペギーズコーブにやって来る。開放感ある美しい岬を一目見ようと、この日も多くの観光客で賑わっていた。

 入江沿いに宗派の異なる3つのキリスト教会が立ち並ぶマホーンベイは、イギリス植民地時代に誕生した古いコミュニティーで、現在は多くのアーティストが暮らす村として知られている。すず細工で人気が高いアモスピューター発祥の地でもあり、大通り沿いに本店と工房がある。

 さらに10分ほど走るとルーネンバーグにたどり着く。ここは、かつてドイツやスイスから海を渡ってきたプロテスタントの人たちが築いた美しい港町。18~19世紀の建物が残された一角は、ユネスコの世界文化遺産に登録されている。

 早速、町中を散策してみる。入江沿いの斜面に、切妻屋根を持つゴシック調、チューダー調の邸宅が密集して立っている。壁は赤や黄、紫など鮮やかな色でペイントされているので、町全体が随分と華やかな感じだ。海霧がよく発生する地で生きる人々の知恵だという。モンタギュー・ストリートに店を構えるクラフトショップに入ってみると、浮子(うき)の置物、貝殻のアクセサリー、海を描いた絵画など、思わず財布のひもを解きたくなるような素敵な作品が、所狭しと並んでいた。

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アナポリスバレーは、土地が肥沃で気候が温暖なことから、人々は農業中心の生活を営んでいる。なかでもリンゴ栽培が盛んで、花が咲く5月下旬は里が真っ白に染まる。かつてこの地で暮らしていた1万人以上のアカディアンたちは、未開の地であったノバスコシアの東海岸、プリンスエドワード島の西海岸に追放された。

 州北西部のファンディ湾に面した一帯は、アナポリスバレーと呼ばれるなだらかな丘陵地帯。ムギやマメ、ジャガイモなどを栽培する広大な農地が広がり、リンゴの果樹園が多いことでも知られている。10月初旬、どの木もあふれんばかりの真っ赤な実をつけていた。

 この地は、カナダで初めての本格的な植民地が造られ、カナダ入植の歴史の第一歩が記された地である。1605年、フランス国王から新大陸における毛皮交易の独占権を与えられたピエール・ドゥ・モン卿は、仲間と共にこの地に最初の植民地を建設。やがて訪れたフランスからの入植者たちは、先住民の知恵を借りながら土地を開拓し、独自の文化が花開いていった。

 当時、この地区一帯は、「アカディア」と呼ばれ、ヨーロッパから新大陸への玄関口として重要視されていた。しかし、植民地争奪の戦いで完全にイギリスの領土になると、アカディアに暮らしていた人たち(アカディアン)は追放されてしまう。当時の悲劇は、アメリカの詩人ヘンリー・ワーズワース・ロングフェローの詩『哀詩 エヴァンジェリン』(岩波文庫)で知ることができる。エヴァンジェリンと、恋人ガブリエルの悲恋を描いた物語だが、ここで語られていることはほぼ事実といわれている。

 かつてアカディアンが豊かな暮らしを営んでいた、グランプレ村を訪れてみた。牧草地に抱かれるように小さな歴史公園があり、そこに石造りの教会がポツンと建っている。内部には、彼らが追放されたときの様子を描いた絵画や資料が展示されている。すぐそばに立つエヴァンジェリン像。悲しみに満ちた表情で遠くの空を見つめる彼女の瞳が印象的だ。