「赤毛のアン」の故郷 ──プリンスエドワード島

キャベンディッシュ村にある「赤毛のアン」の家。アンの部屋をはじめ、ダイニングルームやキッチンなどが、当時の家具や調度品を使って物語そのままの姿で再現されている。
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 1908年、ルーシー・モード・モンゴメリによって書かれた物語『赤毛のアン(原題「Anne of Green Gables」)』は、世界中で読み継がれている不朽の名作だ。

 物語は、プリンスエドワード島の片田舎で暮らす老兄妹マシューとマリラの元に、ノバスコシアの孤児院から、何かの手違いで女の子「アン」がやって来たところから始まる。いつも明るく空想好きな彼女が、2人の愛に抱かれ、島の美しい自然のなかでのびのびと成長していく過程が、モンゴメリの達筆で描かれている。

 物語に登場するアボンリー村は、今のキャベンディッシュ村だ。アンの家グリーンゲイブルズは、モンゴメリのいとこが住むマクニール家の農家がモデルとされ、今ではカナダ国立公園局による管理の下、一般公開されている。

 1990年代、アンの家とその周辺は素朴さが満ちあふれていた。しかし年々増え続ける観光客を受け入れるため、少しずつ開発が進み、今は観光バスや乗用車を何百台も収容できる大きな駐車場や博物館、ショップが建ち並ぶ観光地になってしまった。

 アンの家を訪れるのは、夕暮れ時がいい。この日も午後8時過ぎに足を運んでみると、観光客は一人もいなかった。小鳥たちの鳴き声に耳を傾けながら、家の周りの庭園や「恋人の小径」「お化けの森」を散策する。アンが初めてこの家にやって来たのも、まさにこの時間帯だった。

 物語にはこんな一節がある。

「まわりの森が小暗い影をおとし、花ざかりの木々がぼうっと白くかすんでいた。その上の晴れわたった西南の空には、大きな水晶にも似た白い星が道案内のように、そして幸福の約束のように輝いていた」(新潮文庫「赤毛のアン」村岡花子訳)

 木立からアンの家を眺め、少しずつ照度を落としていく夕空を眺めていたら、まるで100年前の世界をさまよっているような不思議な気分になった。

静まり返った夜の漁港。ロブスター漁は5月1日に解禁となる。島の北側では5~6月、南側では8月半ば~10月半ばに、漁師たちが海に出て仕掛けを引き上げ、ロブスターを捕る。
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 近年、プリンス・エドワード島は「美食アイランド」として、注目を集めている。特に人気なのはシーフードだ。ロブスターは島を代表する産物。ムール貝は北米で最大の産出量を誇り、牡蠣はニューヨークのオイスターバーで最高級品として珍重されている。また、ハマグリやホタテなどの貝類、タラやエビ、カニも、食通をうならせるほどおいしい。

 毎年9月には食の祭典「フォールフレイバーズ」が開催される。カナダ中から腕利きのシェフが集まり、島の新鮮食材を使った極上の料理を、地元の人や観光客に提供する。ワイナリーツアーやロブスターの浜焼き、ディナークルーズなど、期間中は食関連のイベントが目白押しだ。

 この日、シャーロットタウンのレストランでロブスターに舌つづみを打った後、「世界一おいしいアイスクリーム」に選ばれたことがある「カウズ」でアイスクリームを手にして、キングス郡のギャスプロー港に行ってみた。夏の日暮れは遅い。午後10時を過ぎるとようやく夜のとばりが下り、外灯に照らされた真っ白な漁船が存在感を増しはじめる。この島の豊かな海と、そこで働く漁師との絆を意識しながら、カメラのシャッターを切った。

この連載はカナダ観光局の提供で掲載しています。

吉村 和敏(よしむら かずとし)

1967年、長野県松本市生まれ。田川高校卒業後、東京の印刷会社で働く。退社後、1年間のカナダ暮らしをきっかけに写真家としてデビュー。以後、東京を拠点に世界各国、国内各地を巡る旅を続けながら、意欲的な撮影活動を行っている。自ら決めたテーマを長い年月、丹念に取材し、作品集として発表する。絵心ある構図で光や影や風を繊細に捉えた叙情的な風景作品、地元の人の息づかいや感情が伝わってくるような人物写真は人気が高く、定期的に全国各地で開催している個展には、多くのファンが足を運ぶ。近年は文章にも力を入れ、雑誌の連載やエッセイ集の出版など、表現の幅を広げている。作品集、写真展、テレビ出演等多数。2003年 カナダメディア賞大賞受賞、2007年 日本写真協会賞新人賞受賞、2015年 東川賞特別作家賞受賞。写真集に『プリンス・エドワード島』『「フランスの最も美しい村」全踏破の旅』(講談社)、『BLUE MOMENT』『MORNING LIGHT』(小学館)、『光ふる郷』(幻冬舎)、『あさ/朝』(アリス館)、『こわれない風景』(光文社)、『ローレンシャンの秋』(アップフロントブックス)、『林檎の里の物語』(主婦と生活社)、『PASTORAL』(日本カメラ社)、『Sense of Japan』(ノストロ・ボスコ)、『Shinshu』(信濃毎日新聞社)、『雪の色』(丸善出版)などがある。