関野 初めて就活をした時、武蔵野日赤病院の面接で「今世界中の人間がいっぺんに目が見えなくなったら、社会はどうなりますか」と質問されました。その時ぼくはやっていけると思いました。もしかしたらいい社会になるかもしれない。なぜなら今までは目が見えない人が弱者だったけど、途端にその弱者がリーダーになる。それまで健常者だと言われていた人たちが弱者にならざるを得ない。だから人々が優しくなるんじゃないか。補っていける。だって人間は進化しますから。何か代わるものを見つけるわけです。森に入ってフルーツを食べるようになったサルは色の識別能力を獲得して、代わりに暗いところで光を感じる能力を失った。何か獲得すれば何か失う。

山極 進化はトレードオフなんですけど、人間は完全にトレードオフに陥らないことをやってきたんです。二足で地上を徘徊するようになっても、かろうじて木に登る能力は残していたり、泳ぐ能力を手に入れたり。何でもできるゼネラリストとしての能力を残しているのが人間のしたたかさだから、むしろそれを有効に活用しなくちゃいけない。

 ゴリラの群れの中に入って暮らしてみましたが、彼らと同じような暮らしができないわけではない。ゴリラの食べ物もみんな一応食ってみたけれど、まあちょっと食えないものもありましたけど、でも味覚は人間と似ているんですよ。

 つまり人間は、元の生活に戻ることができる。でも今まで戻ったことはないわけです。

人気者のゴリラ「ニンジャ」(画像提供:山極壽一)
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同じことは二度と起こらないのが生物の原則

山極 ぼくはうるさい老人になりたいと思っています。何かしらやかましく、うとましく思われるような。老人は身体が衰えても脳はなかなか衰えないので、だんだんしゃべるのが好きになります。さっきの日がな一日座っている老人たちは話をしているのが楽しいし、話を聞きたいと思っている若者もたくさんいます。「おれも経験したことがあるぞ」という昔の経験談やたとえ話の中に、若者たちが思いつかなかった解決策があったりします。そういうのが老人の一番うまいやり方で、私もあこがれています。

関野 経験を伝えていきたいというのはぼくにもあります。よく写真家の仲間と話すんだけど、ぼくたちみたいな行動は今はできないねって。出版不景気で媒体がないんです。ぼくらは恵まれていたからいろんな経験ができた。だからこういう場を今自分で設けています。今までは講演を頼まれてもめんどくさいと思っていたけど、今は伝えたいという気持ちがやっと出てきた。

山極 今、関野さんが言ったことは大変重要だと思っていて、われわれが生きた経験というのはけっして繰り返せないんです。同じことは二度と起こらないというのが生物の原則。それが生きている証拠です。でも記録されたデータの作用によって、同じことが繰り返されるという錯覚を覚えている。効率よく写真にとり、データとして分類するのが価値の一元化です。それを経済が先行してやり、今の世界が設計されている。

 しかし、文化も人間も一元化できません。私たちはあえて言葉によって伝え、知として受け取ったものを自分の頭に入れて、自分の生きた体でどうやって生かすか考えてやってきました。それをAIに任せたら、またフラットになります。関野さんが語るから関野さんの経験で、ぼくが語るから山極の経験だと、みなさんはたぶん受け取れるけど、AIは受け取れません。そこが、今後未来を作る上で重要なことだと思います。

関野 福島の原発事故の後で、ちょっとそういう流れじゃいけないなという時期がありましたよね。経済優先ではなく、命とか自然とか環境を考えようじゃないかと。でも今もう戻り始めていて、これはまずいなと感じる。たぶん「地球永住計画」を始めたのはそのためですね。火星移住計画=経済優先、金を出せば地球なんていくらでも作れるという発想。ぼくはそれはやりたくない。今の限られたものでいかにうまく孫や曾孫の世代につなげるか。「じいちゃんたちがあんな使い方をしたからこんなに住みにくいところになっちゃった」と言われない社会を目指して動かなくちゃいけない、それをみんなで考えようよというのがこの地球永住計画なんです。

山極 ゴリラの群れの中で暮らしている時、片手を失ったゴリラの子どもに出会いました。3本足で工夫して木の実を採るんです。全然いじけていない。すばらしいですよ。彼らはけっして過去の自分と今の自分を比較したりしないから、こうあるべきだったのにという問いがない。それが現在を生きるっていうことだと思うんです。他のゴリラの仲間もそうで、けっして手助けしないけど、けっして邪険にしない。その能力のままに生きるように寄り添ってくれる。人間だってそうじゃないかと。それぞれ生まれ持ったものがあり、途中でさまざまな不具合が生じます。目に見えるものも、見えないものもある。でもそれぞれがその瞬間を生きようと思って、自分の身体が受けとるものを感じて生きている。それが一番幸せなんですよね。

 ありのままに受け入れていくというのが命のあり方なんだということを、われわれはもっと真剣に考えた方がいい。それは人間ではない動物と接することによって実感できるんです。

(撮影:青木計意子)
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地球永住計画公式サイト
https://sites.google.com/site/chikyueiju/

山極壽一(やまぎわ じゅいち)

1952年東京生まれ。東京都国立市出身。霊長類学者・人類学者。ゴリラ研究の第一人者。京都大学総長。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士課程修了。コンゴ・カリソケ研究センター研究員、日本モンキーセンター、京都大学霊長類研究所、同大学院理学研究科助教授を経て同研究科教授。2014(平成26)年10月から京都大学総長。『おはようちびっこゴリラ』(絵本)、『ゴリラの森に暮らす』『暴力はどこから来たか』『家族進化論』『「サル化」する人間社会』など著書多数。

関野 吉晴(せきの よしはる)

1949年東京都墨田区生まれ。武蔵野美術大学教授(文化人類学)。一橋大学在学中に同大探検部を創設し、1971年アマゾン全域踏査隊長としてアマゾン川全域を下る。その後25年間に32回、通算10年間以上にわたって、アマゾン川源流や中央アンデス、パタゴニア、アタカマ高地、ギアナ高地など、南米への旅を重ねる。その間、現地での医療の必要性を感じて、横浜市大医学部に入学。医師(外科)となって、武蔵野赤十字病院、多摩川総合病院などに勤務。その間も南米通いを続けた。 1993年からは、アフリカに誕生した人類がユーラシア大陸を通ってアメリカ大陸にまで拡散していった約5万3000キロの行程を、自らの脚力と腕力だけをたよりに遡行する旅「グレートジャーニー」を始める。南米最南端ナバリーノ島をカヤックで出発し、足かけ10年の歳月をかけて、2002年2月10日タンザニア・ラエトリにゴールした。2004年7月からは「新グレートジャーニー 日本列島にやって来た人々」をスタート。シベリアを経由して稚内までの「北方ルート」、ヒマラヤからインドシナを経由して朝鮮半島から対馬までの「南方ルート」を終え、インドネシア・スラウェシ島から石垣島まで手作りの丸木舟による4700キロの航海「海のルート」は2011年6月13日にゴールした。1999年、植村直己冒険賞受賞。

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