第2回 山極壽一(霊長類学):サル、ゴリラ研究から現代社会を考える(対談編)

山極 今東京から沖縄に片道3000円で行ける飛行機があります。奄美大島までも数千円で行ける。京都へ行くより安いんですよ。そういうところに生活拠点を持ち、向こうの人たちと新しい自分を作る。若いころから複数の自分とつき合ってみた方が面白いじゃないですか。

 とりわけ違うのは、時間の回り方です。都市にいると、時間はコストと考えがちなので、「ここで2時間使ったら何か得ないといけない」と思ってしまう。でもアフリカでずーっと座って虫をパチンパチンやっている老人の時間は、現在をただ受け入れる時間なんですよ。自分の利益を考えているせっかちな時間じゃない。だからみんながやって来てくれて、老人たちは時間をいつも気前よく与えるんです。「おう、どうだった? 何が面白かった?」と聞きながら話を共有していく。

(撮影:青木計意子)
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関野 初めてアマゾンに行った時、一年以上過ごして帰って来たら使い物になりませんでした。なぜかと言うと、アマゾンの移動は歩きと筏だけで平均時速は2~3km。東京ではお年寄りでも車や電車に乗るから平均30kmぐらい、10倍のスピードで動きます。狩りは探すことが面白くてやっていて、弓矢も一本一本丁寧に作るのが楽しいんです。でも農業は効率優先、大量生産がいい。

山極 今、都市に生きる人間の体はミスマッチを起こしているとよく言われます。座って電子映像を見ている時間が圧倒的に長いんです。皇居の周りを走っている人たちは、何のために走っているのか。狩猟採集民が一日に歩く距離は、女性は9km、男性は15kmと言われています。それは楽しんで歩いているんです。都市では、ただオフィスを往復するだけだと肥満になるから、一生懸命走って脂肪を取らなくちゃいけないという人もいる。これではつらいですよね。

 今の人間の体は、ざっくり言うとまだ狩猟採集時代の体で、そういう風に内臓も筋肉も作られている。ジャンクフードを食べると内臓脂肪がたまって慢性疾患を起こす。私だって欲望に負けて甘いものを食べてしまいますが、アフリカでゴリラを追っていると一日二食です。それで一日20kmぐらい歩いていると、どんどん体重が減ってかっこいい体になりますね。でも日本へ戻って数カ月するとぶよ~んぶよ~んになる。今の都市の生活は、人間の体や、ひょっとしたら心にも合ってないかもしれませんね。睡眠不足や精神障害がすごく多いです。でも、生活を劇的に変えるわけにいかないから、ちょっと二重三重の生活をしませんかということです。

人工物、データから脱出して、したたかに生きる

関野 アマゾンへ行くと素材がわからないものがありません。柱、屋根、ハンモック、籠、敷物、バナナ、芋、全部生物からとってきたものですから。都市では人工的で素材のわからないものばかりに囲まれた部屋で、夏も冬も心地よく過ごせます。でも、もし地球が人工物ばかりで植物のない世界になったら、一年ももたないですね。逆に植物を残して人工的な空間から追い出されたら、一からやり直しですけど、絶対やっていけます。

山極 ぼくもやっていけると思います。明治維新から150年が経ちますけれど、150年前は木造の長屋ばっかりだったんです。それが20世紀にあっという間にコンクリート仕様、プレハブになった。関東大震災の時に木造の家が火事に弱いと言われたことも原因だそうです。私は1960年代の高度成長期に子どもでしたが、どんどん街並みが変わっていったのを覚えています。

 今は住まいもフラットになって、自分の好きな家を大工さんたちと相談して作ったり、作った後も職人さんたちと関係を持ち続けながら改造するということができなくなった。家は作った時にもう終わりなんです。しかも百年もたない。木造は手を入れながら何百年ももつ家がけっこうありますけど、鉄筋コンクリートの家は老朽化したら潰すしかない。そういう住まいを無批判に取り入れてしまった。やっぱり利便性と効率なんでしょうね。

 実は恐ろしいのは、その住まいによってわれわれの意識や生活の仕方が変えられてしまっていることです。衣食住のうち衣と食は自分で決められるけれど、住はいったん建てて住みついたら、自分が合わせて変わっていくしかない。オフィスビルは規格が一緒だから、働き方もビルに合わせて効率化され、そのために心身とのミスマッチが起こっている。

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