第2回 山極壽一(霊長類学):サル、ゴリラ研究から現代社会を考える(対談編)
京都大学総長の山極壽一氏は、40年間アフリカで野生のゴリラの研究を続けてきました。ゴリラから学んだ、この星で生き続けるための条件について、関野吉晴氏と語り合います。
地球が火星のドームみたいになっている?
関野 地球永住計画とは、「火星に移住するより地球に永住しよう」という活動なんです。
山極 だけど、今地球そのものがまるで火星に移住したときみたいになっているんじゃないですか。たとえば、もし放射能が蔓延したら火星と同じように住めなくなるから、ドームの中を安全な空間にして住もうということになります。もうそのミニチュアができていて、大ショッピングセンターはドーム型アミューズメントパークです。食堂、映画館、ショップ等何でもあって、そこで暮らせる。人工的な環境に人間が住み、機械ですべてマネジメントされて、外界から遮断されていると「外に行くのが怖い」ということになります。
あれをそのまま火星に持って行って、向こうで酸素を生産して、地球と同じような環境をドームの中に作って「さあ、いらっしゃい」と言われればみんな行くかもしれませんよね。それが怖いんですよ。それは人間の生き方ではないと思う。
関野 火星に行くには大変なエネルギーが必要だから、みんなが行けるわけではないですけどね。
山極 関野さんはアマゾンに行って熱帯雨林に肌をさらして生きていたわけですね。ぼくもアフリカの熱帯雨林に一日いると虫にめちゃくちゃ刺されます。朝起きるとサソリがいたり、ちょっと森の中に行くとヘビが出てきたり、ゾウがパオ~ンと出てきたりね。とんでもなくいろいろなものと遭いますし、体はどんどんやられていって、その度に何か処置をしなくてはならない。そういうことがみんなもう怖くなっているわけです。
今の日本の生活って虫がほとんどいないじゃないですか。夏に蚊帳を吊る必要もない。密閉した室内にいるから、外のことに脅かされずにすむ。自然はほんとは気持ちがいいはずなのに、ネガティブなものになってきている。夏のセミの声もいやという風に。でも、ほんとにそれでいいの?
ぼくはジャングルが大好きなんですよ。そういう意外性のある生活の方が面白い。ボロボロになりますけど慣れます。
森の生活に適応してきた人たちは、正解を求めるよりも不正解をなるべくしないようにしてきたと思います。木陰や草むらに何が隠れているかわからないけど、近づかないと前に進めないから、相手のことをよくわからないままにつきあっている。その時に大事なのは、先回りして考えておくこと。100%正解しなくてもいいけれど、不正解をすると死んだり、大けがをしますから。そして直観力を鍛えることです。
狩猟採集民だってけっこうあてずっぽうに歩きながら、自分の経験や知識を生かしてうまくやっている。あてが外れたってたいして気にしないし、偶然とんでもなく美味しいものが得られることもある。そういう喜びを仲間と分かち合うことが接着剤の役割を果たして、お互いが意識を共有できるようになるということがずっと行われてきたと思うんです。
ところが今の家はボタンひとつで窓が開いたり、センサーで反応するようになっている。こんなサービスのいい環境にいるわれわれは、本当に人間として生きていけるかどうかの岐路に立っているんじゃないかと思います。
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