第2回 山極壽一(霊長類学):サル、ゴリラ研究から現代社会を考える(提言編)
ホモ・サピエンスが誕生して20万年たちますが、脳は大きくなっていません。72億人の世界に生きていても、実はわれわれはまだ150人という集団に合った脳しかもっていないんです。
それを今の社会は、脳知識を外に出して、AIに代替させればどんどん集団規模が大きくなれるという幻想にとりつかれていると私は思う。それが、われわれが現代に生きるパラドックスです。集団規模が大きくなると何が良いのかというと、仕事を分担できるので、専門的なことをやればよくなり、技術が高まります。
社会のいろんな集団規模に合ったコミュニケーションがあります。たとえば10~15人はゴリラの平均集団サイズですが、これはラグビーやサッカーといったスポーツの集団規模と同じです。この集団は言葉ではなく身体の同調が接着剤になって、まるでひとつの生き物のように動けます。
30~50人は人間の脳が大きくなり始めたころの集団サイズです。これは教室のクラスの人数で、一人の教師が統括してまとまれる数です。宗教の布教集団や軍隊の中隊もこの数ですね。
100~150人は狩猟採集民の平均的な集団サイズです。私たちも年賀状を書く時に150人くらいはリストなしに顔が頭に浮かびますが、これは無条件に信頼できる人の数なんです。過去に一緒に飯を食ったとか、苦労を共にした経験、そういう身体の記憶でつなぎ合わされている人。それは一度も会ったことがないのに言葉だけ、あるいはインターネットだけで会話をした間柄では絶対にできない、そういうものなんですね。
ゴリラは顔と顔を合わせて挨拶します。人間も食事や会話をする時、机を挟んで対面します。対面しないと誠意が伝わらないと思うのは、言葉だけで会話をしているわけではないからです。
では対面するとなぜ気持ちが伝わるのかというと、その秘密は目にあります。京都大学野生動物研究センター教授の幸島司郎さんたちが、類人猿の目はサルの目に似ていて、人間の目だけに白目があることを発見しました。その白目を見ることによって、相手の内面の動きをモニターしているんですね。それが言葉よりも重要なんです。
対面して相手の感じていることを読み、共同作業によって身体をつなぎ合わせて生きてきた私たちは、インターネットというヴァーチャルな世界で脳をつなぎ合わせて暮らし始めている。それは共感能力の低下や信頼関係の喪失につながると私は思っています。
地球永住計画公式サイト
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山極壽一(やまぎわ じゅいち)
1952年東京生まれ。東京都国立市出身。霊長類学者・人類学者。ゴリラ研究の第一人者。京都大学総長。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士課程修了。コンゴ・カリソケ研究センター研究員、日本モンキーセンター、京都大学霊長類研究所、同大学院理学研究科助教授を経て同研究科教授。2014(平成26)年10月から京都大学総長。『おはようちびっこゴリラ』(絵本)、『ゴリラの森に暮らす』『暴力はどこから来たか』『家族進化論』『「サル化」する人間社会』など著書多数。
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