関野 持続可能な世界を作らなければいけないけど、しかめつらしてやりたくはないんです。想像力を働かせて工夫して、楽しくやりたい。

馬場 科博の「日本館」の方は「日本列島と私たち」がテーマです。日本列島の環境に合った身の丈サイズの生活をしてきた経験が私たちにはあります。人口は戦前が7000万人、江戸時代が3000万人、そういうモデルをこれから考えたらいいんじゃないか。古墳時代の500万人というモデルもあります。これはニュージーランドのサイズですね。

 日本列島は未来永劫農耕が可能な理想郷です。山があるから雨が降る。火山があるからミネラル豊富な土壌が生まれます。四季の変化があって、多種多様な動植物がいます。海産資源も豊富です。ですから、人口を減らして7000万人ぐらいにすれば自給自足できるわけです。しかも化石燃料の消費を10分の1ぐらいに落として明治から大正時代と同じくらいにすれば、ずっとここで生きることができる。そんなモデルを私たちが作って世界に提案することができれば、22世紀の人類から感謝されるかもしれません。

関野 宗教は歯止めになると思うんです。ぼくはいわゆる「葬式仏教徒」で、特定の宗派に属していないですし、本来アニミズム、自然崇拝です。ヒンドゥー教の神様と日本の伝統的な神様はよく似ていて、人間に恵みを与えてくれたり、懲らしめたりしますが、自然もそうですよね。自然がなければわれわれは生きていけない。でも時々懲らしめに来るんです。台風とか地震とか。それはそういうものだと思っていて、それをぼくは崇めています。感謝もしています。畏れてもいます。それがたぶん欲望を抑えるんじゃないか。

 エチオピアのアファールで出会ったイスラム教徒の少数民族が200頭ぐらいのラクダやロバや山羊を飼っていて、「たくさん増えたらいいですね」と言ったら「いや、これでいいんです。アラーから授かったものだから、大切に育てるのが私たちの役目です」と言われました。自然や神を畏れ、謙虚な心を持てば、孫やひ孫にちゃんとした生態系を残せるんですよ。

馬場 まったく同感です。日本人は欲望を抑えて縮小していく文明生活を提案して、やっていけると思いますよ。これだけ教育が行き届いていて、アニミズム的な心を持っていて、いいことだと思えばみんながそれに向かって努力する、自己主張だけではなく、お互いのことを考え、本当の意味での思いやりをもった人類集団ですから。

(撮影:青木計意子)
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地球永住計画公式サイト
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馬場 悠男(ばば ひさお)

国立科学博物館名誉研究員。元東京大学教授。元日本人類学会会長。1945年東京生まれ。東京大学生物学科卒。獨協医科大学解剖学助教授を経て、88年から国立科学博物館主任研究官。96年から同人類研究部長、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻教授を兼任。専門は人類の進化と日本人の形成過程。国立科学博物館の特別展に数多く携わる。NHKスペシャル「地球大進化」「病の起源」「人類誕生」など多くの科学番組を企画・監修。『人類の進化大図鑑』『人間性の進化』『人類進化大全』『ホモ・サピエンスはどこから来たか』など編著訳書も多数。

関野 吉晴(せきの よしはる)

1949年東京都墨田区生まれ。武蔵野美術大学教授(文化人類学)。一橋大学在学中に同大探検部を創設し、1971年アマゾン全域踏査隊長としてアマゾン川全域を下る。その後25年間に32回、通算10年間以上にわたって、アマゾン川源流や中央アンデス、パタゴニア、アタカマ高地、ギアナ高地など、南米への旅を重ねる。その間、現地での医療の必要性を感じて、横浜市大医学部に入学。医師(外科)となって、武蔵野赤十字病院、多摩川総合病院などに勤務。その間も南米通いを続けた。 1993年からは、アフリカに誕生した人類がユーラシア大陸を通ってアメリカ大陸にまで拡散していった約5万3000キロの行程を、自らの脚力と腕力だけをたよりに遡行する旅「グレートジャーニー」を始める。南米最南端ナバリーノ島をカヤックで出発し、足かけ10年の歳月をかけて、2002年2月10日タンザニア・ラエトリにゴールした。2004年7月からは「新グレートジャーニー 日本列島にやって来た人々」をスタート。シベリアを経由して稚内までの「北方ルート」、ヒマラヤからインドシナを経由して朝鮮半島から対馬までの「南方ルート」を終え、インドネシア・スラウェシ島から石垣島まで手作りの丸木舟による4700キロの航海「海のルート」は2011年6月13日にゴールした。1999年、植村直己冒険賞受賞。

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