関野 ホモ・サピエンスとネアンデルタール人がけんかしたらネアンデルタール人の方が強いですよね。

馬場 武器なしだったら。ネアンデルタール人はものすごい怪我をしていることが多いんですよね。ロデオで落ちた時のような大怪我です。たぶん槍を持ってバッファローなんかに突進したんじゃないか。ホモ・サピエンスは細長い槍を投げました。そうすると獲物に襲われない。だから戦争になったらサピエンスの方が強いと思います。でも、戦争をしてやっつけたのではなく、食物の争奪能力で優れていたのでしょう。また、コミュニケーション能力が高く、集団のサイズが大きかったので、離れたところと交易をしたり、助け合ったりしたこともホモ・サピエンスだけが生き残った理由として考えられます。

関野 ところで、『サピエンス全史』では農耕を始めた人間が幸福になったとは限らないと言っていますが、どう思いますか。

馬場 狩猟採集民の方が労働時間が少なくてすみますよね。

関野 アマゾンの女の人はすごく働いていますけど。でも男は狩りをしてタンパク質をとってくるからいばっている。肉がとれるとみんなで一緒に食べます。そうすると、腹だけでなく胸がいっぱいになるんです。それと、村を守るのが男の仕事です。

馬場 男のがんばりどころがあるわけですね。そうじゃなきゃ男はいらなくなっちゃう。

馬場悠男氏は国立科学博物館で人類の進化を研究してきた。(撮影:青木計意子)
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自然の恵みを子孫と分かち合うには

関野 問題はこれからどう生きるかです。われわれはどこから来たのか、われわれは何者なのか、これからどこへ行くのか。

馬場 私が勤めていた国立科学博物館の展示を15年ほど前に新しく作り直した時に、研究者側のまとめ役をしました。統一テーマは「人類と自然の共存をめざして」です。「地球館」という大きな建物のテーマは「地球生命誌と人類」で、地球と生命が共に進化してきた歴史の中で最終的に人類がどのように発展してきたかというサクセスストーリーが書いてあります。だけどそれでよかったのか?

 ホモ・サピエンスが誕生して創造的・戦略的思考、文化的な適応が生まれ、農業革命が起きて同時代の環境からの収奪をしました。これはうまくすれば復元可能ですが、産業革命が起きて過去の環境からも収奪し、急速に人口が増加して文明崩壊の危機が迫っているのではないか。それは科学者もマスコミも官僚もまともな政治家もみんなわかっているけれども、知らんぷりをしているわけですよね。

 このままではたぶん22世紀の子孫から、21世紀の祖先はなぜ貴重な資源を残さずに浪費してしまったのだろうと強く非難されることになると思います。資源はわれわれだけのものではなく、未来の人類との共有財産ですよね。もし祖父や父が築いた財産を子どもが浪費して孫に全く残さなかったら、孫にしてみたら「父ちゃん、なんで全部使っちゃったんだ」と納得がいかないですよね。それを避けるためには、人類が獲得した共感能力を最大限に発揮し、未来の子孫に対してどれだけやさしさや思いやりをもてるかがカギになります。

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