第1回 馬場悠男(人類学):骨から探る人類史~思いやりの心を未来の子孫に向ける(対談編)

食物を分かち合い、家族ができた

関野 人間は弱いにもかかわらず生き残ることができたのは、家族を作ったからという意見もあります。霊長類学者によると、ゴリラには父親の兆しが見えているけれども家族ではない、チンパンジーはコミュニティを作っていますが家族は作れていないと言います。コミュニティと家族は論理が違います。家族はえこひいきをするし、見返りを求めない。コミュニティは平等で、見返りを求めます。人間はコミュニティと家族の両方を作れたというのが霊長類学者の意見です。

馬場 もうひとつ、食物を持ってきて分配するのが家族の定義だと言っていますよね。

関野 サルでは食物は獲ったサルのものになる。ゴリラもチンパンジーもその場で食べるけど、人間だけが持って帰ってみんなで食べます。それは気前がいいからというより、たまたま分け与えたらうまくいったからだとぼくは思います。それが規範化されていった。その証拠に今の採集狩猟民は、本当に平等に分けます。

馬場 私もそう思います。ある時急に「思いやり」が生まれたのではなくて、そういう行動が積み重なって、進化するための生物学的な要因としてうまく残ってきたのでしょう。それと、人間の認知能力が高まって、それをよしとする、思いやりによる心の安定みたいなものがお互いに生まれてきて、定着したのではないでしょうか。

(撮影:青木計意子)
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関野 子どものころ、人間の脳が大きくなったのは道具を作ったからだと習いましたが、霊長類学者は肉食を始めて脳が使えるエネルギー量が増えたからだと言っています。

馬場 類人猿は他のサルに比べてはるかに脳が大きいですが、あまり肉食しません。ですから、脳の栄養のために肉食が必要だったということはないと思います。ただ、脳が使うエネルギーをうまく回すために、肉食にすると腸が小さくなるから、その分脳の重さが増やせると言ってますよね。

関野 肉より野菜の方が消化がいいと誤解している人が多いんですけど、肉の方が消化がいいんですね。

馬場 猿人は大臼歯が大きいから、硬い植物性のものを食べていたのは間違いないです。猿人は歯が減らないようにエナメル質が厚いというのも特徴で、私たちもそうです。原人になると肉食や道具の使用によって歯が小さくなりました。

そしてホモ・サピエンスだけが残った

関野 20種以上の人類がいた中で、ホモ・サピエンスだけが残ったわけですね。人類は進化の段階で種を変えたのですか。

馬場 スティーブン・J・グールドの「断続平衡説」みたいな考え方で、変わる時には急速に変わるけれども個体数が少なく、安定してくると個体数を増すという傾向が生物にはあります。進化が急速に進むためには比較的少数の集団で他から隔離されている必要がありますが、数が少ないと化石として発見される可能性が低いわけです。化石は数が多くてあまり形が変わらない時のものが見つかります。そこで種が生まれたように見えるけれども、当然中間もあります。

関野 犬は小さいのから大きいのまで多種多様ですが、交配すれば子や孫ができるんですよね。ところがロバと馬をかけあわせたら、子どもはできても孫はできませんよね。この場合ホモ・サピエンスではどの段階まで孫を残せるんですか。

馬場 ネアンデルタール人とは混血できたんですね。遺伝学者に言わせると、種が分かれてからだいたい百万年ぐらいまでは遺伝的に交雑して子孫を残すことが可能らしいです。

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