第1回 馬場悠男(人類学):骨から探る人類史~思いやりの心を未来の子孫に向ける(対談編)

国立科学博物館名誉研究員の馬場悠男氏は、長年にわたり化石骨から古代の人類の歴史をひも解いてきました。そうした経験から私たちの成り立ち、これから進むべき道を語り合いました。

なぜ直立二足歩行になったのか

関野 ぼくが子どものころ、人類の歴史は100万年と言われていました。ところが、グレートジャーニーに出発する前年(1992年)に東京大学の諏訪元さんたちが440万年前のラミダス猿人を発見しました。それからアフリカまで行って帰ってきた時には中央アフリカのチャドで700万年前の遺跡が見つかっていました。古生物学者たちの調査で、どちらの骨も発見された場所はその当時森だということが分かりました。東アフリカの大地溝帯で、乾燥化によってサバンナでの二足歩行が始まったという「イーストサイド・ストーリー」はこれで崩れてしまいました。

馬場 チャドで一緒に見つかった動植物の化石から森だとわかったのです。そうすると、森の中の方が二本足で立つのに都合がいいと考えられるようになりました。中途半端な状態で草原に出て行くのは危険ですが、森の中なら木に逃げられますから。

関野 人類は森の中で立ったわけですね。なぜ二足歩行になったかについてはいろいろな説がありますが、以前有力だった「狩猟仮説」はもう支持されていないのですか。

関野吉晴氏(右)は1990年代から2000年代にかけて、人類拡散の行程を南米からアフリカまで遡行する旅「グレートジャーニー」を敢行した。左は人類進化を研究する馬場悠男氏。(撮影:青木計意子)
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馬場 そうですね。二足歩行になると狩りをするのに便利だとか、他の動物を威嚇できるとか、太陽が上から照らした時に日にあたる面積が少なくて暑さを凌げるとか、いろいろ利点があります。でも、実際に二足歩行を前に進める理由として考えられたのが、ラブジョイ教授の「食物供給仮説(プレゼント仮説)」です。二足歩行がうまくて、やさしくて、エサを持ってきてメスにあげるオスと、そういうオスと仲良くするメスがコンビになって、両方の遺伝子が進化して二足歩行が発達したのだろうという考えです。

関野 立って歩くことの利益は手が空くことですよね。ライオンは机も椅子も運べません。口で運ぶというのは限界がある。でも立って歩けば大きなものを運べます。なぜ運ぶかが問題で、そこがプレゼントということですよね。もうひとつ、サバンナで子育てするためという説があります。ホモ・サピエンスが10カ月に1回出産するのは、サバンナに出ると天敵がいて危険だったからです。オランウータンは7年に1回、ゴリラは4年に1回、チンパンジーは5年に1回しか産まないのは森が安全だからですね。

馬場 森は安全だから初期猿人も基本的には子どもを数年に1回産めばよかった。猿人になってサバンナに出ると、ハイエナの群れに襲われるようなこともあるから、たくさん産むようになったと思います。問題は小さな子どもをどうやって運んだかですよね。

関野 子どもを抱っこすると二足歩行になります。そして、子どもがたくさんいたらお母さんだけでは面倒をみきれないので、だれかの支えが必要です。そこで暇のある男たちに目を付けました。彼らに恒常的に手伝ってもらえばいい。つまり父親です。そのために女性がすごいことをやったのが発情期をなくすことです。チンパンジーのメスは発情期にお尻を腫らすのですぐわかりますが、ヒトの場合は発情期がよくわからないので、オスはいつも食べ物を運んでくるようになる。そのために二足歩行が進化したと。でも、人類が森の中で立ったということになると、この説は崩れてしまうかもしれませんね。

馬場 完全に崩れるわけではないと思います。いつの時代もやさしくて稼ぎのいい男性はもてますよね。やっぱり私たちはチンパンジーの祖先と分かれてそういう方向に向かって進化してきたんじゃないですかね。

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