関野吉晴:はじめに

モンゴル草原で出会い、今も付き合いを続けている遊牧民一家と。この家族と関野吉晴の交流を描いた長編ドキュメンタリー映画は国内の映画館・上映館で上映され、海外の映画祭で大賞をとり、米国サンダンス映画祭でも招待上映された。(写真提供:関野吉晴)
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「地球永住計画」の柱は三つあります。

1 身近な自然調査と観察を通じて、生き物と人間の関係を考える
 樹木や草花、昆虫、小動物、微生物など生き物たちのつながり(リンク)を調べることによって、私たち人間も同じ生態系の一員であることを実感する。(*1)

2 古老や達人、名人の話を聞き、未来につなげる
 祖先が長い年月をかけて獲得した技や知恵が、現代社会において急速に失われつつある。自分の生きている身近な社会の成り立ち、現状を知り、対話と実践を通して未来を考えていく。(*2)

3 賢者に訊く
 自分の足で歩いて、見て、聞くだけではわからない、宇宙の誕生や生命の誕生・進化、人類の歴史などについて、その道の第一人者、最先端研究者に話を聞き、対話によって話を深め、地球に永住するための道を探る。

 私は世界中の伝統社会に入り込み、彼らの視点で文明社会を見てきました。そして、視点を変えると世界のとらえ方が大きく違ってくることを実感しました。もし知性を持った宇宙人が銀河系の遠くから地球へやって来たとしたら、彼らは「地球上で最も栄えている生物はトウモロコシや小麦や米および家畜、ペットで、これらの生き物が二本足の奇妙な生物集団を共同で奴隷化し、自分たちの世話をさせている。人類はご主人様である生き物の世話をする家畜である」と考えるかもしれません。視点を少し変えてみると、その度に新しい世界が見えてくるのです。 

 そこで2015年から、私が文化人類学を教えている武蔵野美術大学の鷹の台キャンパスで、これまでに30回ほど各分野の専門家を招いて連続講座を行いました。それぞれの視点から世界がどのように見えるのか知りたかったからです。養老孟司さんには「虫の視点」で、高槻成紀さんには「タヌキの視点」で、坂田明さんには「ミジンコの視点」で見える人間社会を語ってもらいました。

 2017年11月から新たに武蔵野美術大学の三鷹ルームで、この「連続公開対談シリーズ〜賢者に訊く」を企画しました。この連載では、私が徹底的に話を訊いてみたいと思う人、人類学、霊長類学、生物学、生態学、発酵学、宇宙物理学といった様々な分野の研究者や各界の第一人者である賢者をゲストにお迎えします。まずそれぞれの専門分野から見た視点で「この星をどのようにとらえているか。どのようにしたら次世代に、持続可能でよりよい世界を引き継げると思うか」を語っていただきます。その後私が疑問点をぶつけ、「私たちはこれからどこへ向かうのか」をテーマに、対話を通して話を深めていきたいと思っています。

地球永住計画公式サイト
https://sites.google.com/site/chikyueiju/

アマゾンのヤノマミと。レアホ(饗宴)での踊りを前に、化粧して待機する。(写真提供:関野吉晴)
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(*1)身近な自然として、玉川上水の自然調査と観察会を行っています。タヌキ、糞虫、訪花昆虫、樹木や草花の植生調査、昆虫やクモ、変形菌など様々な生き物の観察を通して、生き物たちのリンクと私たち人間との関係を調べています。保全生態学者の高槻成紀先生をはじめ、昆虫学者、地理学者、変形菌研究者に指導していただいて本格的な調査をしています。2017年3月にはロンドンからBBC取材チームが来て、タヌキ調査の撮影が行われました。12月にはこれまでの調査を高槻先生がまとめて、本を出版しました。
『都会の自然の話を聴く 玉川上水のタヌキと動植物のつながり』(高槻成紀 著 関野吉晴 特別寄稿 彩流社刊)

(*2)小平を中心とした三多摩の古老や達人、名人たちの話を聞き書きし、対話の場を作っています。小平の八雲祭では土地の人と神輿を担ぎました。また、武蔵野美術大学の関野ゼミが15年前に始めた生ごみ堆肥を使った野菜作りは、「カレーライスを一から作る」プロジェクトに継承され、最近は地球永住計画のメンバーの一部も参加しています。

関野 吉晴(せきの よしはる)

1949年東京都墨田区生まれ。武蔵野美術大学教授(文化人類学)。一橋大学在学中に同大探検部を創設し、1971年アマゾン全域踏査隊長としてアマゾン川全域を下る。その後25年間に32回、通算10年間以上にわたって、アマゾン川源流や中央アンデス、パタゴニア、アタカマ高地、ギアナ高地など、南米への旅を重ねる。その間、現地での医療の必要性を感じて、横浜市大医学部に入学。医師(外科)となって、武蔵野赤十字病院、多摩川総合病院などに勤務。その間も南米通いを続けた。 1993年からは、アフリカに誕生した人類がユーラシア大陸を通ってアメリカ大陸にまで拡散していった約5万3000キロの行程を、自らの脚力と腕力だけをたよりに遡行する旅「グレートジャーニー」を始める。南米最南端ナバリーノ島をカヤックで出発し、足かけ10年の歳月をかけて、2002年2月10日タンザニア・ラエトリにゴールした。2004年7月からは「新グレートジャーニー 日本列島にやって来た人々」をスタート。シベリアを経由して稚内までの「北方ルート」、ヒマラヤからインドシナを経由して朝鮮半島から対馬までの「南方ルート」を終え、インドネシア・スラウェシ島から石垣島まで手作りの丸木舟による4700キロの航海「海のルート」は2011年6月13日にゴールした。1999年、植村直己冒険賞受賞。