海部 縄文の丸木舟は厚さ約5cmです。ぼくらの舟は、今のところ10cmで重すぎるんです(※その後、5~7cm程度にまで削り込んだ)。丸木舟の厚さをコントロールするために年輪を使っています。選んだ木の年輪がまんまるでなくて歪んでいて、年輪を無視して削り始めたら厚みが合わなくて。

関野 シベリアのカムチャッカ半島のベンジュラ川で厚さ5cmの舟を作りたいと思ったけど作れなくて、地元の人に「舟を貸してください」と頼んだら、「あんたは必要なんだからあげる」と言われました。あんまりしつこいから「じゃあ、あげる」と言ったんだと思うけど(笑)でもちゃんと返しました。

海部 2016年に始めたこのプロジェクトもいよいよ本番の航海ですが、結局この実験でぼくらが知りたいのは、「あそこに行くためには何が必要か」ということなんです。ぼくらは研究者なので、事実を追求する枠の中でやろうとしています。海流や移住人数のことなどを徹底的に調べていて、そういう実験プロジェクトの進め方をしているのはたぶん例がないと思います。

 祖先が海を渡ったきっかけはいろいろだったと思いますが、人類の長い歴史の中でみれば、最初は流されるだけだった人たちだって、やがては意図的に目標に向かう時が来ます。最終的には希望をもって移住する人たちがいます。太平洋拡散の最終地点のハワイなんかはそうだったと思います。実験を終えて、この航海がどれぐらい難しいことなのかを理解してから、なぜ移住したかについても考え直したいと思っています。

(撮影:青木計意子)
(撮影:青木計意子)
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(この対談は2018年12月21日に行われました。)

3万年前の航海 徹底再現プロジェクト
https://www.kahaku.go.jp/research/activities/special/koukai/index.php

地球永住計画公式サイト
https://sites.google.com/site/chikyueiju/

海部 陽介(かいふ ようすけ)

国立科学博物館人類研究部人類史研究グループ長。アジアの人類進化・拡散史の研究で、日本学術振興会賞を受賞。「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」代表。著書に『日本人はどこから来たのか?』『人類がたどってきた道』ほか。

関野 吉晴(せきの よしはる)

1949年東京都墨田区生まれ。武蔵野美術大学名誉教授(文化人類学)。一橋大学在学中に同大探検部を創設し、1971年アマゾン全域踏査隊長としてアマゾン川全域を下る。その後25年間に32回、通算10年間以上にわたって、アマゾン川源流や中央アンデス、パタゴニア、アタカマ高地、ギアナ高地など、南米への旅を重ねる。その間、現地での医療の必要性を感じて、横浜市大医学部に入学。医師(外科)となって、武蔵野赤十字病院、多摩川総合病院などに勤務。その間も南米通いを続けた。 1993年からは、アフリカに誕生した人類がユーラシア大陸を通ってアメリカ大陸にまで拡散していった約5万3000キロの行程を、自らの脚力と腕力だけをたよりに遡行する旅「グレートジャーニー」を始める。南米最南端ナバリーノ島をカヤックで出発し、足かけ10年の歳月をかけて、2002年2月10日タンザニア・ラエトリにゴールした。2004年7月からは「新グレートジャーニー 日本列島にやって来た人々」をスタート。シベリアを経由して稚内までの「北方ルート」、ヒマラヤからインドシナを経由して朝鮮半島から対馬までの「南方ルート」を終え、インドネシア・スラウェシ島から石垣島まで手作りの丸木舟による4700キロの航海「海のルート」は2011年6月13日にゴールした。1999年、植村直己冒険賞受賞。

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