日本列島へやって来た祖先たちはどのようにして海を越えたのか? 国立科学博物館人類研究部人類史研究グループ長である海部陽介氏と関野吉晴氏が語り合います。

目的をもって海を渡ったのか?

関野吉晴氏。2009年~2011年に自作の帆船でインドネシアから石垣島まで航海した。(撮影:青木計意子)
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関野 祖先が琉球列島に渡ったのは、単に漂流したのではなくて、島へ渡るという目的をもって航海したのではないかというお話がありましたが、たまたま流されてたどり着いた可能性もあると、私は考えています。ただ漂流するだけではなくて、なんとなく推進する力、たとえば簡単なオールなどを利用すれば海を渡れませんか?

海部 昔は地図もないし、見えている範囲だけが世界です。流されただけでは先にある島が見えないので、あえて沖に出るのは命がけのギャンブルです。漂流していることに気づけば、一生懸命陸地に戻ろうとするはずです。もし黒潮につかまったらずっと先のトカラ列島まで流されますが、20日間ぐらいかかります。その間耐えられるかどうか。ただ、漂流とそこからの生還を繰り返して少しずつ海流についての知識を蓄えていったということはあると思います。

関野 私はインドネシアから沖縄まで3年間で航海したので、危険が伴いました。それに対して太古の人々は、長い場合は1世代でも2世代でも待って、航海すればよかったのです。じっくりと、気候のことや潮のこと、どの季節に航海が向いているか、しっかりと把握して、いい時に渡れたはずです。島が見えるところを渡っていたら着いちゃったとか、見えなくてもちょっと難破して帰れなくなって進んでみたこともあると思います。

海部 そうかもしれないですね。

関野 海部さんの説は明るいんです。勇敢なやつが希望をもって渡ったという考えですよね。ぼくの説は暗いんです(笑)。アフリカの森を初期猿人が出た時も追い出されたと思っているんですけど、弱くて押し出された人たちの中で海を渡れたグループがパイオニアになったんだと思うんです。昔、人類学会でその話をしたら、海部さんに「エビデンスはありますか?」って聞かれましたけど。

海部 それは覚えてないです(笑)。

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