食糧生産革命によって世界が激変した

 その後、1万年前ごろに農耕の技術は世界のいくつかの場所で同時多発的に生まれたと言われています。これによって食糧生産革命が起こると、ホモ・サピエンスの社会は激変しました。定住することで持ち運べない重い道具を作るようになり、住居の形も変わっていきました。

 人口も増加します。穀物があれば社会が巨大化し、複雑化します。食糧生産の技術は世界に伝播しました。西アジアから8000~6000年前にヨーロッパへ伝わり、日本には弥生時代に朝鮮半島経由で入ってきます。この辺の歴史はジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』にも紹介されています。

 食糧が貯蔵できるかどうかが人口増のターニングポイントです。たとえば、ニューギニアではタロイモやバナナを作っていたので貯蔵できず、社会はある程度大きくなっても巨大化はしませんでした。

 農耕によって大きく複雑になった社会では、組織的な戦争が始まりました。南アフリカやオーストラリアには地理的な理由で農耕がなかなか伝わらなかったので、ブッシュマンやアボリジニなどの採集狩猟民が残りました。やがて文明の発展の下に技術を蓄えたヨーロッパの人たちは、大航海を始めます。

ルーツを遡れば人間本来の姿が見える

 ホモ・サピエンスが誕生した時は、広い意味でそれはひとつの集団で、言語もそうだったかもしれません。それが世界中に拡散して今のようになったのですから、ぼくらの身体的多様性、遺伝子の多様性、文化的多様性の理由はすべてホモ・サピエンスの移動史の中に答えがあるわけです。幸いにして最近そのスケールの歴史がよく語られるようになってきたので、やっとこういう時代が来たかとぼくら人類学者は思っています。

 もうひとつ大事なのは、ホモ・サピエンスの移動の歴史の中に人間本来の姿が見られるんじゃないかということです。関野さんのグレートジャーニー(人類拡散の道のりを遡る旅)がまさにそれを体現しています。今の社会でぼくらがあたり前だと思っていることは、必ずしもあたり前ではない。文明社会の常識が人間としての常識では必ずしもない、ということを歴史が教えてくれます。

 ところで、よく「昔の人は清らかで自然を大事にしていたが、現代人は平気で自然を壊す。けがれている。だから昔に戻らなければいけない」という話がありますね。みなさんはそれをどう思いますか?

 実はホモ・サピエンスが世界に拡散していく時に、マンモス、オオナマケモノなど各地の生き物がどんどんいなくなっていきました。日本でもナウマンゾウやオオツノジカがいなくなりました。彼らははたして自然を大事にしていたのでしょうか。

 たぶん、当時は「自然を大事にする」という考えはなかったと思います。ただ生きるために狩猟採集をしていただけです。ぼくは良くも悪くも人間の本当の姿を直視したいと思いますし、それを知るためにはルーツを遡って行くのがいいと思うんですね。

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