第4回 中村桂子(生命誌):人間は生きものの中にいる(対談編)

有機物を循環させる世界にしたい

関野 たとえば、どんな選択でしょう? ぼくたちが普段使っている舗装道路や鉄道を作るためにも、どれだけ地下の生き物を殺しているかわかりませんよね。伊沢正名さんはコケや菌類、変形菌を撮る有名な写真家で、常に下から対象を仰ぎ見て撮っていました。写真を撮っているうちに、自問します。「私はコケやキノコのためになることを何かやっているだろうか?」と。彼は「野糞こそがコケやキノコの栄養になり、益がある」と思い、野糞を始めます。そしてとうとう写真家をやめ、「糞土師」を名乗って、大便を土に還す活動を続けています。ここ14年間で野糞をしない日は10数日と言います。

中村 食べたり排泄したりというのは、生きものの仲間としての行為ですね。

関野 でも、人間は排泄物を水洗便所に流して、処理して残ったものも焼いてしまうので、食べたものを自然に還すという、生きものなら必ずすることを放棄していますね。水洗トイレの排泄物は圧縮・乾燥させて、一部を除いて焼却してしまうそうですから。私の見て来た伝統社会では排泄物はすべて肥料に、燃料にと大活躍します。

中村 私は今の水洗トイレというのはちょっと野蛮な方法だと思います。もちろん、不衛生だった時代の一時的な問題解決方法としてはよかったと思いますが、今は科学技術が進んでいるのでもっといいやり方ができるはずです。きれいな上水でジャーッと流して、下水として有機物も無機物も混ぜて処理するのはものすごいエネルギーを使います。有機物は有機物として、無機物も物質を分けて処理すれば、エネルギーも百分の一ぐらいで済むはずなのに、大量の水で混ぜて、それを乾燥させて処理している。下水道が普及している所が文明が高いという時代はもう終わったと思います。もっとクリエイティブに、イマジネーションを駆使して考えて欲しい。

「今の水洗トイレというのはちょっと野蛮な方法だと思います」(撮影:青木計意子)
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関野 友達がコンポストトイレにして肥料を作っています。

中村 コンポストトイレのようなシステムをより進化させることができると思います。でも、ちょっとめんどくさいというのはあります。ジャーッと流す方が楽で、みんな楽な方を選びますよね。ちょっと手間をかけるということができなくなっています。でも、「この星にみんなで生き続けよう、この星を大事にしよう」という生き方を探り始めたら、排泄物は有機物としてきちっと使おうという選択ができて、そのための新しい技術ができてくると思います。

関野 江戸時代に戻るということではなくて。

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