第4回 中村桂子(生命誌):人間は生きものの中にいる(提言編)
イチジクとコバチにはいろいろな種類があります。世界に750種類ぐらいイチジクがありますが、その中で日本にある10種類ぐらいのイチジクを調べてみました。沖縄などにあるアコウとガジュマルはイチジクの仲間で、遺伝子がよく似ている兄弟です。家系図を書いてみると、2000万年ぐらい前には1種類だったのが、だんだん環境に合わせて分かれてきたことがわかります。おもしろいのは、実の中にいるコバチも兄弟関係なんです。ひとつの種類のイチジクには必ず決まった種類のコバチが入っています。イチジクとコバチは、何千万年もの間、お互いに子どもを育て合う見事な関係を作っているいうことです。これを「共進化」と呼びます。
森を支えるイチジクの木にいつも実をならせているのはイチジクコバチですから、大きな森を支えているのは小さなコバチだと言えます。ただ「子どもを育てたい」と思っているだけなのですが、コバチが一生懸命子どもを育てているとあの大きな森ができて、その森が地球を支えているのです。何千万種ある生きものの中で一番種類が多い昆虫と、次に多い植物がこうして地球の基本を作り、その中で人間は生きています。
生きものは「?」と「!」
生きものは、まず「いる」ということが大事だと思います。何ができるかというよりも、「いる」ということを大事にしましょうというのが私の考えです。
私は詩人のまど・みちおさんが好きですが、まどさんの「ぼくが ここに」という詩には、「いる」ということは特別なことで、どんなものも大事に守られていると書かれています。
「ぼくが ここに いるとき
ほかの どんなものも
ぼくに かさなって
ここに いることは できない」
(まど・みちお『ぼくが ここに』より引用)
まどさんは104歳で亡くなったのですが、100歳の時に書かれた『百歳日記』には「世の中にクエスチョンマークとびっくりマークの2つがあれば他には何もいらない」と書かれています。それがまどさんの生き方なんですね。
私も同じように、生きものとして生きる基本は何かといったら、いつも自分で考え、謎を出し、驚くということだろうなあと思っています。よく科学は「好奇心」だと言われますが、哲学者の今道友信先生は「科学は変なものに引き寄せられる好奇心ではなくて、驚きだ」とおっしゃっています。ギリシャ哲学の根本に「タウマゼイン(驚き)」という言葉があって、その中身は「賛美」と「畏れ」です。それが生きることなのだと思います。
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