第4回 中村桂子(生命誌):人間は生きものの中にいる(提言編)

 私が「生命誌」の研究を始めたのは、この38億年の歴史が書かれたゲノム(生物のDNAが持つ1セットの遺伝子情報)を調べることができるようになったからです。ゲノムを解析することでわかった地球の生きものたちの時間と空間を、「生命誌絵巻」という形に表現しました。

生命誌絵巻(提供:中村桂子、協力:団まりな、画:橋本律子)
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 近年、生物学では「高等生物」「下等生物」という言い方をしません。それぞれの生きものが38億年かけて今の姿になっているのであり、アリとライオンを比べてどちらが優れているかと言っても何の意味もありません。アリは自分の体の何倍もの餌を運ぶことができますが、ライオンにはできません。比べ方によってはアリの方がすごいでしょう。生きものに優劣はなく、それぞれに生きているということなのです。

 人間もまた生命の歴史の中にいます。それはあたりまえのことなんですが、現代社会を動かしている人たちは「人間は生物界の外側にいる」と思っているように感じます。それを表す言葉が「地球にやさしく」です。この言葉は生物界を上から見た目線で、中から見たら「やさしくしていただかないと生きていけない」なのです。私はこれを「中から目線」と呼びます。

森を支えるイチジクコバチ

「人間は上にいるのではない」「人間は生きものの中にいる」という感覚を持ちながら生き方を考えるためには、いろいろな生きものを観察するのがよいでしょう。もちろん、哲学や宗教で生き方を探ることもできますが、私は今生きているさまざまな生きものを見て考えるのはなかなかよいと思っています。

 例として、熱帯雨林を見てみましょう。熱帯雨林で一番大事な木と言われているのがイチジクです。森には動物や虫がいて、果物はとても大事な食べ物です。熟れたイチジクの実を割ると、必ず中にイチジクコバチという1.5㎜ぐらいの小さなハチがいます。イチジクの中には栄養分があり、外から隠れているので子育てにとてもいい場所です。ですから、イチジクコバチはここで卵を産みます。イチジクの中で生まれたイチジクコバチが成長して交尾の後、オスはイチジクの実に穴を開けて死んでしまいます。メスは花粉をかかえてその穴から外に出ます。そして次のイチジクに入って、また子どもを産みます。これを繰り返しているので、イチジクはいつも花粉を運んでもらえます。

イチジクコバチはイチジクの実(花のう)の中で産卵・授粉する。コバチは実の中で生まれ育ち、交尾したのち、メスは花粉を身につけて別のイチジクへ移動する。(提供:中村桂子)
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