というわけで結論としては、自然と人間のわざによって実現した、奇跡的に情報豊かな標本だということだ。古生物学者の目で見れば、美しく装丁された自然の書籍のごとく、多くの情報を引き出せる。カリー博士は、そのような貴重な標本を大学1年生の宮下さんに託したのである。

「この標本は、僕に比較解剖学を教えてくれた先生のような存在なんです」と宮下さん。
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「この標本は、僕に比較解剖学を教えてくれた先生のような存在なんです。そんな標本にふさわしい研究をしようと思ったら、学位のためにやるとか、実際的なことをいろいろ度外視しなきゃいけなかったんです。僕がこの標本に対して持っている構想は、大きなモノグラフを書くこと。もし、学位のためにやるなら、機能にフォーカスするとか、個体発生にフォーカスするとか、なにか時節に合わせたテーマに落とし込まなければならないけれど、そうではなくて時々の流れに左右されない価値を持ったモノグラフです。できるならばフィルと二人三脚で進められるような環境で書くべき論文なんですよね」

それだけ情報豊かな化石ということだ。
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 モノグラフとは、この場合、先行研究を精査した上で標本を詳細に記載し、ダスプレトサウルス、あるいはティラノサウルス類の解剖学的・進化的な見取り図を描くことを意味する。

 取るべきデータはすでに取ってある。2カ月かけてじっくりと観察し、計測したので、その点はもうオーケイ。では、なにが障害になっているのか。

「僕、Ph.Dやってるときも、マスターやってるときも、それこそ学部生のときも、何回か書き始めました。それで1カ月ぐらいは調子にのって書いてるんですけど、必ず邪魔が入るんですよね。例えば、グランドプレーリーの営巣地の論文も、竜脚類の論文もそうなんですけど、ああいうのが入ってきて、ちょっと分断されて、分断された後に書いた原稿を見ると、こんなのじゃいけないってなるんです」

 かなり時間がかかる論文執筆なので、最後まで行く前に別の仕事が何度か割り込んでくるのは必定。研究者として発展中の宮下さんは、ひとつ大きな研究を仕上げるたびに成長し、少し前に自分が書いたものに満足できなくなる。ハードルが上がり続けて、今に至るという話なのだと見た。

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