第5回 「恐竜少年」が恐竜の枠を超えた巨大なテーマに挑む理由

 また、総合説というのは、別名ネオ・ダーウィニズム(人によって用語は違うが、だいたいは同一視されている)のことで、従来の自然選択説にくわえて、20世紀になって勃興した集団遺伝学を取り込んで枠組みを広げたもの。近年は、発生学もふたたび包摂し、生態学も取り込み、実に「総合的」な体系になっている。宮下さんもそんな流れの中にいる。

 また、発生学については、大学の学部生時代に、宮下さんの潜在的な方向性を察知したのであろう周囲の先生たちから、一夏、発生生物学を学べる研究所に滞在してくるように薦められたことも決定的だったそうだ。ここでは深く立ち入れないけれど、宮下さんはまず、成体が幼生の体内で成長し、最後は幼生を食べてしまう奇妙奇天烈なヒモムシの発生にノックアウトされ、ウニの幼生が螺旋状に泳ぐメカニズムを追究するうちに「骨の形だけ記述して、論文の速書き競争をして喜んでいる場合じゃない。生物学はもっと広い!」という思いを深くした。

 そして、古生物学と発生学の両面から「脊椎動物のボディプランを研究する」スタイルへとたどり着いたのだった。

「脊椎動物って、一見まとめやすそうに見えるじゃないですか。骨があって、背骨があって、背骨をたどっていくと、頭蓋骨が脳を包んでいて、その脳からは神経の束が1本、2本、3本……と出ていて、その神経をたどると鼻があって目があって耳があって……そういうものを僕らはボディプランっていうんですけど、これを見るのが本当に大変なんです。とにかく要素の数が多すぎる。個々の要素が進化の中でどういうふうにつながってきたのかっていうのを見るのは、骨だけじゃ足りないですし、骨にしても、化石記録の肝心なところは抜け落ちている」

脊椎動物の起源を探るテーマのために宮下さんが扱っている生物であるヤツメウナギの仲間(ミツバヤツメ)の標本。(写真:編集部)
[画像のクリックで拡大表示]

 それを宮下さんが一気に解決、というわけにはさすがに行かない。まず突破すべき着目点が必要だ。

 宮下さんが着目したのは「顎」だ。

 顎がない脊椎動物「無顎類」(ヤツメウナギやヌタウナギ)を対象に、顎の起源を問う。

 その上で絞ったテーマは3つ。「ヤツメウナギやヌタウナギの系統関係の再検討」、「ヤツメウナギの幼生の研究」、そして、「顎の起源についての考察」だ。

 それぞれ、古生物学や、進化発生学の最前線の息吹を伝えることになると思うので、最後にそれらについて見ていこう。

つづく

宮下哲人(みやした てつと)

1986年、東京都生まれ。博士(Ph.D)。2009年、カナダ、アルバータ大学を卒業。2017年、同大学で博士号を取得。2018年にアメリカ、カリフォルニア州の某大学に研究員として着任予定。恐竜好きが高じて16歳で単身カナダに移り住み、当時ロイヤル・ティレル古生物博物館の学芸員だったフィリップ・カリー博士のアシスタントとして学生時代を過ごす。近年は脊椎動物の進化を主なテーマとし、古生物学と発生生物学の両面から研究を行なっている。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『雲の王』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)など。近著は、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学校6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、どこまでも遠くに行く宇宙機を打ち上げる『青い海の宇宙港 春夏篇秋冬篇』(早川書房)。また、『動物園にできること』(第3版)がBCCKSにより待望の復刊を果たした。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。