第5回 「恐竜少年」が恐竜の枠を超えた巨大なテーマに挑む理由

 結局、恐竜の研究については、このテーマが「蓋」のように作用して、別の大きなテーマ「脊椎動物のボディプランの起源」へと向かうことになる。

 このあたり、実は「意味不明」と思う人が多いのではないかとぼくは感じている。

 とある素晴らしい標本を詳細に調べてモノグラフを書くことと、「脊椎動物のボディプランの起源」を問うこととをテーマとして並べると、後者の方が確実に巨大なテーマだ。恐竜研究に「蓋」があるからといって、おいそれと向かうものでもなかろう。

 宮下さんは、論理的かつ明快に語る人だけれど、同時に強いパッションに突き動かされている人でもあって(思い出してほしい。高校生の時にアルバータの学校に編入して、カリー博士のところに押しかけたような人物である)、外から見るとやっていることが広すぎて分かりにくい部分がある。本人の中では明確につながっているとしても、なかなか見えにくい。恐竜研究から、博士研究のテーマへのジャンプはまさにその事例かもしれない。これも、やはり本人にとっては「ジャンプ」ではないのだ。

化石はロイヤル・ティレル古生物学博物館に保管されている。(写真提供:川端裕人)
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「僕が脊椎動物のボディプランにかかわる発生学に興味を持つようになったのは、かなり前で、高校生の頃にフィルの手伝いをしているときに本棚から抜き出して読んだ何冊かの本のせいなんです。1930年から40年にかけて書かれた進化生物学の教科書って、現代的な進化論、いわゆるModern Synthesis(総合説)の前夜です。その時代の進化生物学者は、発生についてすごく興味を持っていたんですよね。さらに19世紀の研究者は、古生物をやる人が発生も見ているのがむしろ当たり前でした。で、大学生になって勉強していると、21世紀の発生生物学はもうどんどん進んでいるわけです。昔の教科書を読んでいるだけではダメで自分でやる必要があって、3年、4年、5年ぐらいのスパンで、系統的、体系的に勉強していこうとしました」

 宮下さんが読んだという20世紀の教科書の1つは、イギリスのジュリアン・ハクスリーのものだったそうだ。現代の「総合説」が成立する際の立役者の1人だが、トーマス・ヘンリー・ハクスリー(ダーウィンが『種の起源』を出した後で、普及のために力をつくし、「ダーウィンの番犬」の異名をとった人物)の孫、あるいは、ディストピア小説『すばらしい新世界』を書いたオルダス・ハクスリーの兄だと言う方が、専門外の人には通りがいいかもしれない。