第5回 「恐竜少年」が恐竜の枠を超えた巨大なテーマに挑む理由

 2001年に見つかったダスプレトサウルス標本は、ぼく自身も宮下さんから見せてもらい、息を呑んだ。頭骨が左右、分かれた状態で出ており、半身のまま表裏が分かるようになっている。歯は顎から抜け落ちたものもあるが、おおむねすべて回収されている。最初の感想は、「美しい」だ。とても保存状態がよい化石を、きれいにプレパレーション(今すぐに研究できるように「準備」すること)してあり、質感豊かな造形物に見えた。何千万年もかけて自然が形作り、人間が仕上げをした芸術作品だ。標本としてだけでなく、美的にも優れている。

頭が左右に分かれている。(写真提供:川端裕人)
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「実は、獣脚類、ティラノサウルス類を含む多くの肉食恐竜を含むグループは、頭骨が完全な状態で発見されても、結構、研究しづらいんですよ。骨が複雑に組み合わさって残っているので、それを分解するか、最近ではCTスキャンして見たりするわけです。でも、この標本はバラバラになった状態で、しかも歪みなく完全に出てきています。CTスキャンは必要ないし、棚からさっと出して手に取って見られるわけです。でも、まあ美しいですよね。その美しさをどういうふうにあらわしていいのか分かんないですけど、そこはもう、何か理屈じゃないんですよね」

 研究上に必要なものが全部揃っている完備性みたいなものと、審美的な意味で強く迫ってくるものが、不可分になっているのが特徴なのかもしれない。

 そう指摘したら宮下さんはうなずいた。

「そうですね。突き詰めていうなら、例えばプレパレーション1つにしても、完璧なんです。見つかった段階での保存状態のよさはもちろん、それを確実に博物館に持ってきて、きれいにプレパレーションしてある。例えば、ここ、神経とか血管が通る穴なんですけど、その中まできれいにしてありますよね。標本を保護するサポートジャケットも軽く丈夫にできている。そういうのも含めて、やっぱりきれいだと思うんです。普通はこの状態で博物館の収蔵庫にしまっておくことってできないんですよ。そもそも自重が重いので、それだけで壊れたりもしますし」