そうか、根っこはコミュニケーションとか、体験の共有か。

心と行動を変えるという真意はどこに?
[画像をタップでギャラリー表示]

 鳴海さんの研究は「行動が変わる」ことを志向していると書いたけれど、根っこは「自分を分かりたいし、他人を分かりたい」なのだ、と。そういえば、大学生で専門課程を選ぶ時にも「人を知りたいから認知科学系に行こうか」と真剣に悩んだこともあると聞いている。

「なぜこういう問題意識があるかというと、たぶんうちの弟が関係していると思います。弟はいわゆる自閉症で、コミュニケーションが少し難しいんですね。でも、ぼくは結構長いこと一緒に生きているので、彼が何をやりたいかだいたい分かるんです。でも、普通の人は難しい。その辺が、体験と知識って違うなと思った1つの原因でもあって、つまり頭でどんなにこういう障害を持った子がいて、こういう暮らしにくさがあるよってことを知っていても、町でいきなり会ったら、やっぱりちょっとギョッとするわけです。口で説明しても分からなくても、1日暮らせば分かるかもしれないし、もっと言うと何かメディアを介せばこの子たちのことは理解できるかもしれないと思った瞬間があって」

 メディアを介せば、ちょっと違った他人のことを理解できるかもしれない。

 ここで、「メディア」に話は戻る。

 鳴海さんは、メディアアートが好きで、導かれるように今の研究に入ってきたと聞いた。この時、メディアってなんだろう。テレビや新聞をメディアというのはあまりに狭義で、本当はもっと広い意味がある。ぶっちゃけて言えば、コミュニケーションの媒介になりうるものすべてがメディアたりうる。

「たとえば、弟とゲームのマリオカートをやると、マリオカートっていうメディアに落とすことで、彼が何をしたいかっていうのはすぐ分かっちゃうわけです。アイテムを持って『しめしめ』と思ってるとか、今抜きにかかろうとしてるとか。それ、結構メディアのおもしろい可能性だなと思っていて。でも、それをそのまま研究にするのはずっと避けていたんですよね。だって、あまりにも啓蒙的だし。でも、だんだん、これまで自分の生活の中で思ってきたことが研究にもフィードバックできるようになってきて、VRを使ってどうやればいいかも考えられるところにまで来た。結局1人の人間がやっていることだから、根っこはつながっているんだなと思っているところですね」

この連載の前回の
記事を見る