第5回 ツシマヤマネコの保護はどれだけ進んだのか

「今まで日本の飼育施設は、トキから始まって、野生に帰すんだからとにかく人に慣らしちゃいけないって発想だったんです。でも、実際、海外の繁殖センターへ行くと真逆で、繁殖させるやつは野生に帰さないんですよ。ある程度、人に慣らさないと繁殖効率が落ちちゃうので、やっぱりその辺は現場の方のほうがよくご存じだし、むしろ動物園にまかせようということになりました。それまでは、本当に特定の数人の研究者で、ああでもない、こうでもないってやったんだけど、実際に飼っているのは動物園なんで」

動物園が飼育するツシマヤマネコの血統はシステマチックに管理されている。井の頭自然文化園「ヤマネコミニ特設展」の解説より。
動物園が飼育するツシマヤマネコの血統はシステマチックに管理されている。井の頭自然文化園「ヤマネコミニ特設展」の解説より。
[画像のクリックで拡大表示]

 動物園が専門家として自主性を発揮する半面、もちろん研究者も貢献すべきところで積極的にかかわっている。例えば、井の頭自然文化園での人工繁殖への取り組みでは、羽山さんの同僚である日本獣医生命科学大学・堀達也教授(獣医臨床繁殖学研究室)が、共同研究している。また、羽山さんも飼育下のヤマネコについて、継続的な研究テーマを持っているという。

「動物園のヤマネコの育児行動や子どもの成長を調べてます。野生出身の母親から、第1世代、第2世代と世代を経ていくにつれて、どんどん子育て行動が変わっていくんですよ。一番、典型的なのは、野生出身の母親だと、とにかくずっと子どものそばにいて、ミルクをあげたり、グルーミングしたりしています。自分のお腹が減ったら、そのときだけはすっと外に出ますけど、ほとんどの時間は子どものそば。ところが、世代を経ていくと、子どものそばにいるのは、もう哺乳する時だけという個体が増えます。やっぱり親の栄養状態がいいので、生まれてくる子どももでかいんですよね。哺乳だけしていれば育つので、あんまり世話をしなくなっちゃっているのかもしれないですね。それと、最近難産が多いのは、もしかして、生まれる子どもが大きいからかもしれない」

 やがて野生復帰を考える段になると、はたしてこういった育児行動でも野生でやっていけるのかなどと考えなければならなくなる。野生復帰候補の個体は、赤ちゃんの頃からできるだけ人に慣れさせずに育てるなどの工夫が必要になるかもしれない。

 間違いなく言えるのは、ツシマヤマネコの保護増殖計画において、日本の動物園はいま、飼育下繁殖を任されて責任重大な立場に立っているということだ。動物園が「種の方舟」と呼ばれるようになって何十年もたつけれど、ツシマヤマネコについては、文字通りの役割を担う可能性がある。

2006年のワークショップはツシマヤマネコ保護の大きな転換点となった。(写真提供:羽山伸一)
2006年のワークショップはツシマヤマネコ保護の大きな転換点となった。(写真提供:羽山伸一)
[画像のクリックで拡大表示]

つづく

羽山伸一(はやま しんいち)

1960年、神奈川県生まれ。日本獣医生命科学大学教授。博士(獣医学)。1985年、帯広畜産大学大学院修士課程修了後、埼玉県庁を経て同年、日本獣医畜産大学(現:日本獣医生命科学大学)に勤務。2012年より現職。日本の大型野生動物の研究および保護活動に従事する。現在、環境省中央環境審議会専門委員、環境省ゼニガタアザラシ科学委員会委員長、特定非営利活動法人どうぶつたちの病院副理事長、公益財団法人日本動物愛護協会学術顧問などを兼務。『野生動物問題』(地人書館)の著書のほか、『増補版 野生動物管理―理論と技術』(共に文永堂出版)、『野生との共存~行動する動物園と大学』(地人書館)など共編著多数。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『雲の王』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)など。近著は、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学校6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、どこまでも遠くに行く宇宙機を打ち上げる『青い海の宇宙港 春夏篇秋冬篇』(早川書房)。また、『動物園にできること』(第3版)がBCCKSにより待望の復刊を果たした。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。