第4回 絶滅危惧種ツシマヤマネコに迫るこれだけの危機

 道路に警戒の看板を立てた部局は、自らの職域の中で通常許されている予算執行の範囲内でベストを尽くしているわけだが、もしも道路の構造を変えなければならないなら、それはまた別の部局の問題になる。

 それぞれの場所でそれぞれができることをするというのは、聞こえはいいけれど、結局、抜本的な対策を取れずに終わるという事例かもしれない。

「役所だって市町村から県や国まで色々あるし、その頃は、研究者もばらばらに勝手なことばかりやっていましたしね。だから、やっぱりまず共通のゴールをみんなで共有して、それに向かって、やるべきことは何だろうと考えないといけないんです。予算にしたって、何にしたって、やれることばっかりやっていてもだめ。やるべきことをやるために予算が足らないなら、予算とるしかないですよね。そういうストーリーがまったく描けていなかったんです」

 羽山さんは、淡々とした口調で厳しいことを語った。

 ただ、2006年に、風向きが変わった。

 前年に豊岡市で、飼育下繁殖したコウノトリが放鳥され、日本での絶滅危惧種の保護増殖について、あらたな1ページが刻まれたことも、ひとつの原因かもしれない。

「みんながそれぞれ頑張ってるんだけど、結局、結果が出ないわけで、みんな一回集まろうっていって、関係者が対馬に集まって、丸3日間かけてワークショップをやったんです。そのときに、かなり具体的に、こういう方向性でこういう対策をやっていこうとまとまって、それをベースに国が生息域内と域外(動物園や保護繁殖施設)をあわせた計画をつくってくれたんですね。今は、それに沿って動いてるんで、以降、毎年みんなが一堂に会して議論するとか、そういう態勢はできました」

 羽山さんはさり気なく語るのだが、この時の記録を見て驚いた。