第3回 “邪魔者”コウノトリの野生復帰はなぜ成功したのか

「今の大学に野生動物の研究室ができるって言われて、役所をやめて来たんですけど、実際には6年ぐらいできなくて、結局、しばらく大学病院の内科の外来をやってました(笑)。その頃、神奈川県の大きな救護施設に獣医がいないというんで、学生たちと毎週のように通って、治療とか野生復帰のお手伝いをしました。いったん飼育下に置いた野生動物を、人の手で野生に返せるんだという実感があって、それを続けていけばもしかしたら絶滅危惧種を回復できるんじゃないかというふうにも思ったんです」

 この時の「野生復帰」は、野生で絶滅した動物を繁殖させて放すものではなく、傷病で預かったものが元気になった後、野に放すものだ。しかし、絶滅危惧種を野生に戻すという点では同じだ。動物救護病院で治療にあたる獣医にとって、「野生に戻す」という意味で、繋がったものに見えたというのである。

 羽山さんはこの時点で、野生復帰にかかわる入り口に立っていた。というよりも、すでに野生復帰に貢献していたわけだ。

野生復帰に成功した兵庫県豊岡市のコウノトリ。翼を広げたときの大きさは2mを超える立派な鳥だ。(写真提供:豊岡市)
野生復帰に成功した兵庫県豊岡市のコウノトリ。翼を広げたときの大きさは2mを超える立派な鳥だ。(写真提供:豊岡市)
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 日本でははじめて、いったん野生絶滅した後での再導入として「野生復帰」の対象になったコウノトリについて。

 コウノトリは、かつて日本各地で見られるごく普通の鳥だった。

 水田を主な餌場にして、ドジョウやフナ、カエル、バッタ、ミミズなどを食べる。体長1メートルを超える体は、同じく水辺を餌場にするアオサギなどよりも一回り大きい。クチバシや脚が長いことなどからしばしば混同されるツルとくらべてもひけをとらない立派な体躯だ。

 そんな見栄えのする野生動物が、かつて「普通」に身の回りにいたというのは今からしてみると不思議な感覚だ。しかし、間違いなくコウノトリは「里の鳥」だった。

 しかし、明治時代にさかんになった狩猟のために全国各地から姿を消し、1971年、兵庫県豊岡市で最後に残された1羽が死亡した時点で、日本では野生絶滅した。ここから、飼育下での繁殖と野生復帰(再導入)の物語が始まる。