第1回 絶滅危惧種ツシマヤマネコに会ってみた

 動物園にいるツシマヤマネコを見た人に訴えたいことは、「日本には2種類のヤマネコがおり、そのうち1種類は対馬にいる」ということだという。展示を通じてどんなメッセージを発するかというのは大きなテーマなのだけれど、今回の焦点は別なので、この時、ぼくは唐沢さんの発言をさほど大きく受け取らないで流してしまった。むしろ「野生復帰」についてどんな仕組みで動物園が関わっているのかを聞いた。

ヤマネコをはじめ、唐沢さんはネコ科動物の経験が豊富な飼育員だ。
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「ああ、それは、まず、環境省と日本動物園水族館協会との間に協定があって、ツシマヤマネコを保全する取り組みが始まっているわけです。自治体やNPOや研究者がそれぞれの役割を持ってかかわる中で、動物園は環境省から預かる形でツシマヤマネコを飼っています。当然、繁殖を期待されているんですが、動物園の中でもやはりさらに細かな役割分担があって、今、うちでは自然繁殖じゃなくて、人工繁殖に取り組んでいます。アムールヤマネコで人工繁殖が成功したので、その技術を使って、ツシマヤマネコでも、ということです。もう、いつ成功してもおかしくないところまで来ていますよ」

 井の頭自然文化園では、ツシマヤマネコとアムールヤマネコを両方飼育しているので、飼育繁殖技術をまずアムールヤマネコで確立してからツシマヤマネコに応用できるメリットがある。アムールヤマネコは、ツシマヤマネコの近縁で、実は「種」としては同じだ。ちょっとややこしいけれど、広くアジアに分布するベンガルヤマネコの亜種として東アジアにはアムールヤマネコがおり、ツシマヤマネコは対馬にいるアムールヤマネコの地域個体群だと理解されている。

 そして、人工繁殖というのは、この場合は、人工授精による繁殖のことだ。環境省、日本動物園水族館協会、ツシマヤマネコを飼育している各動物園の話し合いで、井の頭はそのような役割を引き受けた。唐沢さんたちはまずはオスの精液を採取するところから始めている。

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「オスの精液をとること自体が難しくて。大学の先生とも密に連絡をとって、アムールヤマネコではこうだから、ツシマヤマネコではこうしようっていうような議論を毎回重ねてやってます。それで、実は去年、精液はいっぱいとれました。でも、メスの発情がうまくいかなかったんで、今度はそっちを解決しようというところです」

 人工授精の方法が確立すれば、飼育下で交尾の行動を取らないような個体にも繁殖の機会が与えられる。絶滅の危機から脱する可能性を少しでも上げようとするなら、確立しておくべき技術だ。

「他の動物園の仲間や、環境省や自治体、あるいは大学の研究者たちと一緒に仕事をして、同じ方向に向かっていくっていうのは素晴らしいことだし、そこで動物園が役割を果たすという使命感というかプライドみたいなものを感じます。私、前任の多摩動物公園ではライオンやチーターの担当をしていましたけど、アフリカの大型動物とくらべても、日本産であるという点で自分の意識の中で、はっきり違いますね」