もはや海の珍獣図鑑! 16世紀の「カルタ・マリナ」

■シマクジラ

「島だと思って怪物の背中にいかりを下ろした船乗りは、しばしば命の危険にさらされる」と警告されている。クジラの皮膚はざらざらした海辺の砂のようなもので覆われており、そのため怪物が水面上に小高く盛り上がった背中を出すと、船乗りたちは島だと勘違いする。近づいて「浜辺」に上陸し、船をつなぎとめる杭を打ち込んだ後、食事を用意するために火を起こすと、火の気配を感じたクジラはまたたく間に海の底まで潜り込む。そのため背中の上にいた人間たちは、溺れてしまう。

 島や山と間違えられるほど大きいクジラは、『千夜一夜物語』のシンドバッドの最初の航海から、14世紀の『フィシオロゴス』(オラウスがヒントを得た本といわれる)のなかで船乗りたちがいかりを下ろした巨大な「アスピドケロン」まで、文学作品には頻繁に登場する。これらの物語は、化け物クジラを宗教的なシンボルとして扱っていたようだ。怪物はサタンの化身であり、読者は「悪魔の願いにひとたび身をゆだねれば、その人間は悪魔とともに地獄の炎の中に連れて行かれる」と戒められる。

■プリスター

「ワープール(渦)、またの名をプリスターとはクジラの一種で、ひとたび波を巻き起こせば最強の船も沈む」と記されている。クジラの一種で、体長は200キュービット(約90メートル)、非常に残忍な生物だ。

 海の男たちにとって脅威となっているこの怪物は、ときに帆桁よりも高く体を持ち上げて、海から吸い込んだ水を頭上から洪水のように浴びせかけてくる。その水しぶきの中に最強の船もしばしば沈められ、船乗りたちは生命の危険にさらされることもあった。この怪物はヤツメウナギのように長く大きく丸い口で肉や水を吸い込み、前甲板または後部甲板に体重をかけて船を沈める。

 この生き物は鋭い音を苦手とするため、オラウスはこれを追い払う方法として「戦いのラッパ」を薦めている。ラッパがなければ、大砲でも効果があるという。

■カリブディス

 地図ではこの怪物のそばに「ここに恐ろしいカリブディスあり」と記されている。『オデュッセイア』や『イアソンとアルゴナウタイ』などの古代神話に登場することでも知られ、アリストテレスの『気象論』にも記述がある。オラウスは恐ろしい渦に捕らえられた船の姿を次のように描写している。

「それゆえに、ドイツの海岸からその方面に向かって航海する者たちは、経験豊かな船乗りと航海士を雇った。彼らは長年の経験から、その場所を避けるような舵の取り方を知っている。(中略)彼らは渦の中に飲み込まれない。(中略)また、ひとたび潮が満ちると海の水が中空の洞穴に引き込まれ、潮が引くときには強大な力がはたらいて、激流のように勢いよく潮が動き、洞穴の外に水が吐き出される。この海域での航海には大きな危険が伴うと言われている。間の悪いときに通りかかった船は、動き回る渦に突然吸い込まれてしまうからだ」

次ページ:イルカの肉を食べた人は要注意

おすすめ関連書籍

世界をまどわせた地図

伝説と誤解が生んだ冒険の物語

130点を超える美しい古地図と貴重な図版・写真とともに、人々を翻弄した幻の世界を読み解いていきます。

定価:2,970円(税込)