第5回 私たちは今どのように嘘と付き合えばいいのだろうか

「オルタナティヴファクトの話もそうですが、事実でないものを本当らしさのオブラートで包み込んで、言葉の運用でその場を逃れる傾向が強くなっている気がします。国会運営などでも如実に出ているのではないかと。たとえば『積極的平和主義』とか、耳ざわりのよい言葉を用いてよく見せるという、これ、先に説明した欺瞞にあたるでしょう。こういうのって、はっきりとした『真っ赤な嘘』よりたちが悪いように思います。後ろめたい内実を隠蔽するために、『素敵な』言葉を用いるわけです。だったら、『名は体を表す』じゃないけれど、はっきりと内実に合う言葉にした方がいい。あ、ここではもちろん、『積極的平和主義』の内容の是非については問わず、話していますが」

 ああそうか。オルタナティヴファクトとは、オブラートに包んだ「嘘」なのだ。そういった「欺瞞」が世に広がっているとしたら、その原因は何だろうか。

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「10年前、いや20年くらい前からですかね、情報公開法の施行とか、情報開示の方向性が強くなってきて、やれ開示請求とか何でもオープンっていう世の中になってきたがゆえに、一見分かりにくい嘘がうごめいておかしくなってるんじゃないかと感じています。その一方で、テレビでやたら本音トークとかをして、芸能人が過去の自傷体験を告白するですとか過剰な開示をしたがる。ああいうのは、大切に心にしまっておくものなのに」

 このあたりは、あくまで村井さんは科学的な根拠を持っているのではなく、自身の実感として語っている。だから、誰かの論文を引用するわけではなく、口をついて出てきたのはブッダの言葉だった。