第2回 「嘘は見破れる」はウソだった

 困っている旅行者に対して親切心を発揮し、その直後に嫌疑をかけられて立腹するという感情の揺れの中で注意力が散漫になっていたとか、知らないうちに舞台にのせられて選択肢を奪われていたとか、いろいろなことが言えるだろうが、いずれも後付けの説明だ。

「特殊詐欺とかもそうなんですけれども、現実ってすごいなって。自分は嘘の研究をすでに始めていたわけですけど、こういうだまし方って、心理学で扱うような実験のはるか先の現象です。同じ構図って芸術にもあって、たしかフロイトが『心理学は芸術の後をついていく』と言っていると聞いたことがあるのですが、このスペインで遭遇しただましはまさに芸術ですよ。綿密に芸術的な台本を書いて、私たちはそれにのったわけですよね」

 前回、嘘とは何か(「だます意図と、実際のだます行動」が兼ね備わったもの)、嘘から欺瞞へのグラデーション、嘘の分類(まったくの嘘、誇張表現や過小表現、巧妙な嘘……等々)といったテーマを、基礎のつもりでうかがったわけだが、現実の世界で実際に使われている嘘は、こういう破格なもので満ちあふれているのだと村井さんはさっそく強調した。実験や調査をして統計解析をして……という心理学の武器がまだ手をつけられない領分が、ごく普通に存在している。

 そういった厳然たる事実を理解した上で、やはり、地道に続けられている嘘の研究の積み重ねを見ていく。

 可能な切り口はいろいろありすぎてあまりに広いので、まずは、村井さん自身の研究から説き起こす。日常生活の中で、我々がどれくらいの頻度で嘘を経験しているのか、基礎となる研究だ。

「大学生や大学院生の男女合わせて24人(男女12人ずつ)に参加してもらい、日記法という手法を用いて、嘘について自己観察をしてもらいました。これを便宜的に『嘘日記』と呼ぶことにしましょう。最初に参加者に対して個別に面接をして、さっき説明したような嘘の定義を伝えます。そして、自分が嘘をついた時や、嘘をつかれたと思った時に、記録をとってもらいます。まだスマホがない時代でしたから、記入票を束ねたものにペンを刺して渡したのですが、やってみるとかなり面倒なので、後の調査ではICレコーダーを使う研究もしました」