やがてホワイトは成長して家を出た。しかし数十年後、退職して一艘のボートを手に入れたホワイトは、少年時代の思い出が詰まった懐かしい島へと向かった。上陸しようとした彼は、その変わりように愕然とする。あまりに多くのものが消え失せていたからだ。

ホーランド島は米国のチェサピーク湾内、メリーランド州の沖合に浮かんでいた。
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 たった1軒残っていた1880年代に建てられた2階家も、風雨にさらされて無残に傷んでいた。目の前の光景にぼうぜんとなりながら、ふらふらと水浸しの墓地に向かうと、崩れた墓石が地面に転がっていた。1893年にわずか13歳で亡くなったエフィー・ウィルソンという少女の墓だった。碑文には「どうか私を忘れないで。それだけが私の願い」と刻まれていた。それを見た途たん、ホワイトは涙を押え切れず、声を上げて泣いた。その時彼は、生涯をかけてホーランド島を救おうと固く誓ったのだった。

 政府機関に働きかけ、政治家を口説き、ついに島に残った家と大半の土地を7万ドルで手に入れると、彼は土地の消失を食い止めるために、妻のダイアンとともにほとんど毎週末を島で過ごすようになった。海岸に木で防波堤を築き、土嚢を並べ、全部で23トンもの石を手作業で積み上げた。しかしそれでも追いつかず、潮位は上がり続けた。2003年に襲ったハリケーン「イザベル」が島に生えていた樹木の半分以上を引きちぎり、崩れかけていた家にさらなる追い打ちを掛けた。

 新聞は、メリーランドから毎年1平方キロずつ海沿いの土地が消失しているという統計を示し、ホワイトのことを「ドチェスター郡のシーシュポス」と嘲った。シーシュポスとはギリシャ神話に登場する人物で、果てしなく虚しい努力のたとえである。それでもホワイトはあきらめようとはしなかった。しかし2010年、彼は重い病に倒れてしまう。たった1軒残っていた家はもはや自然の力に逆らいきれず、とうとう10月に倒壊した。その後数カ月の間に家の残骸も海にすっかりのみ込まれてしまった。現在では、ごくわずかに残った島の形跡も、満潮時には完全に水没する。

ウズベキスタンの干上がった漁港

 海に沈んだホーランド島とは反対に、水が干上がって砂漠化してしまった漁港もある。ウズベキスタンはアラル海にあるムイナクだ。

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