海に沈む、干上がる――漁港の街の悲しき今

アラル海の後退によってムイナクの砂地に出現した船の墓場。(写真:Arian Zwegers)
[画像のクリックで拡大表示]

 かつてアラル海は豊かな漁場と水揚げに恵まれていた。カレイやナマズ、塩水に住むコイなど、旧ソビエトの人々が食べる魚の6分の1を供給していた。当時、ムイナクの漁師たちは、ソビエトで一番の漁師であることに大きな誇りを持っていた。だが今はもう、ムイナクには活気溢れる漁師たちの姿も、見渡す限りの波立つ湖の眺めもない。代わりに広がるのは、どちらを向いても赤茶けた砂と白い塩が縞模様を作る乾ききった砂漠ばかりだ。

 現在、湖の水辺は町から130キロあまりも離れている。当時活躍したトロール漁船は、すっかり水が干上がったかつての湖底に打ち捨てられている。さび付いた残骸が乾ききった砂地に並んで鎮座し、船の墓場となっている。船体は砂とサビに覆われ、水を失ってスクリューや舵が露わになっている様子は、どこか哀れで、ほとんど目を背けたくなるような光景だ。

カザフスタンとウズベキスタンにまたがるアラル海は、60年ほどの間に10分の1以下の面積に縮小してしまった。ムイナクはその南端にある港湾都市だった。
[画像のクリックで拡大表示]

 アラル海の周囲には6000万人の人々が暮らし、湖の乾燥は今も進んでいる。その後退が始まったのは第二次世界大戦後のことだった。ウズベキスタンとトルクメニスタンで綿花栽培を進めるために、ある壮大な計画がもちあがったのだ。

 ソビエトが「自然の大改造」を掲げて実行したこの計画は、この地域を流れる2つの川、アムダリヤ川とシルダリヤ川の水を綿花栽培地に引き、灌漑しようというものだった。

 1950年代に行われた川筋の変更は期待通りの効果をもたらした。現在、ウズベキスタンの綿花生産量は世界のトップ10に入っている。しかしその半面、アラル海に流れ込む水量は激減した。かつての湖底だった場所は今や塩を大量に含んだ砂地となり、野生のラクダがのんびりと歩き回っている。アラル海の水がもう二度と戻っては来ないことを、彼らは知っているのだ。


書籍『世界の果てのありえない場所

忘れられてしまった都市、災害で打ち捨てられた村、遺棄された工場、軍事施設・・・。 かつて栄えていたものの、今では見る影もない世界各地の“ありえない”場所を、印象的な写真と美しい地図で紹介します。

ナショジオストア アマゾン