第5回 世界の主流は「薬物の非犯罪化」

 しかし、刑罰では依存症は治らないので、再犯率の高まりは悩ましいし、依存症から抜け出せない個々人にとっては単に悲劇だ。日本は「取り締まりはナンバーワンで、回復支援はビリ」という位置づけになってしまう。

「国際的には、厳罰化の方針は見直されています。アメリカは、GHQを通じて日本にも影響を与えた厳罰主義の国で、1970年代から、War on Drugs、いわば薬物戦争という政策をやって、すごいお金をかけて取り締まりを強化しました。でも、それで、ブラックマーケットのマフィアたちが跋扈して、逆に薬物乱用者はどんどん増えていくし、受刑者数もどんどん増えてくる。HIVの患者も増えるし、薬物の過量摂取で死ぬ人は増える。なので、薬物戦争は逆効果だと言われるようになりました。大麻を許容する州が増えているのもその流れですね。カナダは全部合法化しちゃったし」

 さらに、2011年には、世界の元首脳や知識人からなる薬物政策国際委員会が、「40年にわたる国際的な薬物戦争は、世界中の人々と社会に対して破壊的な影響を与え失敗した」と敗北宣言を出した。そして、薬物を使った人を刑務所に収容するのではなく、治療や福祉的なサービスにつなげることが必要だと宣言した。その3年後、2014年には、WHOも同じように非犯罪化して治療すべきだという立場に転身している。

 これは今の日本での仕組みとあまりにかけ離れていて、いきなり「非犯罪化」と言われても戸惑う人が多いのではないだろうか。現状、乱用者が、欧米に比べてせっかく少なく済んでいるのに、「非犯罪化」するとやはり乱用者が増えてしまうのではないか、と心配にもなるだろう。

 いずれにしても、日本の場合、現状においても「治療や福祉的なサービス」が立ち遅れているわけだから、少なくともそこはなんとかしなければならないところだ。

「日本の場合、そもそも、薬物依存症の専門医と呼べる人もせいぜい10人くらいしかいないんです。専門病院も少ない。今、やっと短期間の研修で、専門医ほどじゃなくても、プチ専門家になれるようなプログラムを全国の精神保健福祉センターの中で30カ所、医療機関でも30カ所くらいで実施できるようになりました。DARCなどの支援組織も重要な社会資源で、それらがシームレスに依存症患者をささえる仕組みを今まさに作らなければならないところなんです」

医療機関から地域の支援組織までが連携して依存症患者を支える仕組みが必要だと松本さんは力説した。
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つづく

松本俊彦(まつもと としひこ)

1967年、神奈川県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長。1993年、佐賀医科大学医学部卒業。国立横浜病院精神科、神奈川県立精神医療センター、横浜市立大学医学部などを経て、2004年、国立精神・神経センター精神保健研究所に入所。2015年より現職。『自分を傷つけずにはいられない 自傷から回復するためのヒント』(講談社)『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)などの著書や、『SMARPP-24 物質使用障害治療プログラム』『よくわかるSMARPP あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)『大学生のためのメンタルヘルスガイド 悩む人、助けたい人、知りたい人へ』(大月書店)『中高生のためのメンタル系サバイバルガイド』(日本評論社)などの共編著書多数。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『雲の王』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)など。近著は、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学校6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、どこまでも遠くに行く宇宙機を打ち上げる『青い海の宇宙港 春夏篇秋冬篇』(早川書房)。また、『動物園にできること』(第3版)がBCCKSにより待望の復刊を果たした。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。