第4回 「依存症で失ったもの」は治療で取り戻せる

「治療プログラムをきっかけに、自助グループに参加するようになると、そこで一番みんなから尊敬され、歓迎されるのは、初めてやってきた人なんですよ。今日まで、昨日まで酒や薬を使ってた人たち。その人たちがみんなから褒められて、歓迎されて、一番偉いんです。なぜかっていうと、依存症って、別名『忘れる病』なんです。すぐ忘れます。酒やめたって言った人が、3日後に飲んでるって、よくあるじゃないですか。でも、そういう当事者グループに行くと、未来の自分と過去の自分がいるんですよ。その中で、酒や薬のない生活を日々積み重ねていくことができるんです。それで、だいたい3年ぐらいたってくると、随分安定してきて、最初の1年間は、意識して酒や薬をやめてる感じだったのが、自然とやめてる感じになってくるわけです」

 3年がひとつの目安、ということだ。いったんできた依存という病は「完治することはできないけれど、取り戻すことはできる」と、松本さんは患者さんたちに伝えているという。

 なんとか治療と地域のサポートをつなげるというのが、松本さんがSMARPPを開発する時の大きな目標だった。だから、医療ができることというのは、限定的で、むしろ「入口」なのだと強調する。

「よく冗談半分で言ってるんですが、『我々の役割はサイゼリヤだ』って。ほら、昔、私たち、イタリア料理ってナポリタンのことだと思ってましたけど、今ではあれはむしろ日本料理で、イタリアには別の料理があるって知ってますよね。その先鞭をつけたのがサイゼリヤだと。サイゼリヤって、安いし、それなりのイタリア料理を出します。それで、目覚めた人が、コアな専門店に行くようになる。薬物依存症も同じで、奥が深いです。日本みたいに薬物に忌避的な感情がある国で、あえて薬物を使う人たちには虐待の背景がある、といった話、前にしました。そういう深いところでの役割は、地域ごとの自助グループなど、社会資源の方にある。我々、医療側ができるのは、むしろ間口を広げることです」

 依存症というのは社会性の病だ。だから、医療ができるのは、正しい入口を設定し、社会のなかでの治癒を促すこと。医療万能の時代に、医療の専門家がむしろ「間口を広げる」ことが主な役割だと自認する。依存症の医学は、そのようなあり方をしている。

ワークブックには相談機関のリストも。
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つづく

松本俊彦(まつもと としひこ)

1967年、神奈川県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長。1993年、佐賀医科大学医学部卒業。国立横浜病院精神科、神奈川県立精神医療センター、横浜市立大学医学部などを経て、2004年、国立精神・神経センター精神保健研究所に入所。2015年より現職。『自分を傷つけずにはいられない 自傷から回復するためのヒント』(講談社)『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)などの著書や、『SMARPP-24 物質使用障害治療プログラム』『よくわかるSMARPP あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)『大学生のためのメンタルヘルスガイド 悩む人、助けたい人、知りたい人へ』(大月書店)『中高生のためのメンタル系サバイバルガイド』(日本評論社)などの共編著書多数。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『雲の王』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)など。近著は、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学校6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、どこまでも遠くに行く宇宙機を打ち上げる『青い海の宇宙港 春夏篇秋冬篇』(早川書房)。また、『動物園にできること』(第3版)がBCCKSにより待望の復刊を果たした。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。