だから、松本さんにしてみると、嫌々の着任だった。それまでは、精神救急といういわば精神科版のER(救急治療室)勤務に情熱を燃やしていたのが、いきなり依存症の治療に向き合う羽目になった。

「誰も薬も酒もやめないし、みんな嘘つきばっかりだし、本当に憂うつになって、嫌々診療してました。それを、見かねた患者さんが、自助グループのオープンミーティングというのに誘ってくれたのが転機でした。このやる気のない若い医者を何とかしようと思ったんだと思うんですよ(笑)。出席したのは、自助グループなので、かつて薬物依存だったけど回復した人たちがスタッフや施設長をやっているんですけど、それがよかったんです」

最初はじゃんけんで負けて嫌々診療していた松本さんだったが、依存症の回復者の集まりに参加してからはぐいぐいと引き込まれていったという。
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 医師と患者の間には厳密な線引が通常あって、いくら相手が若い医師でも患者側から「これに出てみないか」などとはなかなか言えないし、医師の方も応じないだろう。でも、とある患者と松本さんの間ではそのようなやり取りがあり、松本さんはその話に乗った。この時に、松本さんが出席したミーティングは、薬物依存症者のための自助グループであるN.A.(ナルコティックス・アノニマス)のものだった。

「参加してみると、回復者として自助グループのスタッフが、自分の体験を話すんですよ。それを聞く限り、今は回復している人たちが、自分が手を焼いている患者よりもはるかにたちの悪い患者だったって分かったんです。『え、こんな悪いやつが、変わるの?』って興味深く思ったのがひとつ。あと、確かに依存症の人たちって見栄っぱりで嘘つきで、すぐに自分をでかく見せようとするんだけど、でも、それって突き詰めれば、自分にもそういうところがあるんですよね。もしかすると、人間の一番人間らしいところをグロテスクに集めた病気なんじゃないかって。実際、彼らの生きざまはジェットコースターみたいなんです。ものすごい成功をおさめたり、ものすごい転落もしている。気づいたら、グイグイと引き寄せられて、今に至るっていう感じですね」

 また、ここにいたって松本さんは、個人史の中であまり思い出したくなかった中学時代のことを強く意識するようになったという。

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