これもまた、アメリカ映画の知識だが、コカインの粉末を鼻から吸入したり、ヘロインを炙って吸ったりといったシーンは、常套的な映像表現として使われる。そんな流れの中で、覚せい剤も「アブリ」で使えるものが逆輸入されてきた、というのである。

 そして、今や、覚せい剤は、日本の薬物乱用の中でもトップをひた走る。芸能人が逮捕されて報道されるケースも覚せい剤が多い。その際、ワイドショーはもちろんニュース番組までたっぷり時間を使う。個人的な印象としては、大麻などに比べて、覚せい剤の方が世の中の目が厳しい気がする。

「歴史的には逆ですね。覚せい剤取締法が制定される時期、法曹関係の偉い人や政治家の人たちのなかにも『おれも昔、受験勉強のときにヒロポン使ってたよ』とかいう人もいて、少し甘くなっていたと思います。麻薬及び向精神薬取締法で麻薬中毒者に認定されると、国の中毒者台帳に名前がリストされます。でも覚せい剤はそれがありませんから。とはいっても、1980年代の深川通り魔事件ですとか、覚せい剤乱用歴のある人たちによる凶悪事件があって、だんだん厳しくなってきました」

松本さんは患者の治療や臨床研究だけでなく、危険ドラッグなど薬物依存についての基礎研究も行っている。
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 もっとも、この時の通り魔などは、覚せい剤依存症の典型的な例というのとは違うらしい。よく、覚せい剤を乱用すると、周囲の人が全員、自分に害意を持っているように感じる、というふうな説明がされるが、それは、むしろ、2012年から14年に流行した危険ドラッグの方が激しいそうだ。

 さて、こんな歴史的な流れの中で、松本さんが薬物依存の治療の世界に飛び込んだのは、1990年代半ばだ。

「神奈川県の精神病院にいたんですが、薬物依存の治療って人気がなかったんです。患者は嘘をつくし、すぐにまた使ってしまうし、背中にモンモン背負った人が来て怖かったり、若い人だったら全身タトゥーでピアスしてたり。若い医師は、すぐ恫喝されて、幻覚作用が問題になっていた睡眠薬の『ハルシオン出せ!』とか言われるし。それで、精神科医としての一通りのトレーニングを終えて、さあこれからどこで働くかという時に、大学医局の誰もが依存症の専門病院に行きたがらなくて、これじゃ決まらないということで、じゃんけんを提案したら、提案した私が負けてしまったっていう経緯です」

こちらは薬物依存研究部の実験室。
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