第4回 「分離脳」だから分かった感覚のつながりとは

「というわけで、やっぱり視覚に興味を持って、大学3年生の時から研究するようになりました。他にもちょこちょこ縁があって、大学4年生の時、東大医学部でやっていた実験の被験者として呼ばれて行ったときに撮ったMRIの画像があれです」

 四本さんはデスクの上に掲げられた写真を指差した。

デスクの上に掲げられた写真
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 なにか脳をスライスした断面写真があるなとは思っていたのだが、それが大学4年生の時の本人のものだったとは!

「MRIはすごい! って感動したんですが、当時、なかなか気軽に使える機械じゃなくて、これを撮ってくださった先生のラボに押しかけて、ちょっとお手伝いさせてくださいって、しばらくアシスタントをしたんです。そこからもっと興味が膨らんで大学院に進学して、MRIで研究していこうかなっていうことになりました」

 その後、四本さんは、東京大学で修士号を取得、アメリカ・マサチューセッツ州のブランダイス大学で心理学の博士号を取った。博士課程からの留学というのは、実はかなり勇気がいることだ。異国の教育システムに適応できなければ、学位も取れずに戻ってこなければならなくなる。学位を取った後のポスドク研究員として海外ポストを得るのと根本的に違う。しかし、四本さんはその時の決断も「そっちの方が面白そうだから」というふうに気軽に選んでいる。知的好奇心の赴くままだ。

 さらに、ボストン大学・マサチューセッツジェネラルホスピタルとハーバードメディカルスクールでポスドク研究員として5年程働いてから帰国。慶應義塾大学の特任准教授を2年間務めた後に、東京大学大学院総合文化研究科の准教授に就任している。

 一直線な研究者人生だ。もちろん、後から見ればそう見えるのは当然としても、幼いころの疑問から、すーっと一本の線が引かれているかのようなこのストーリーは印象的だ。

「私、就職活動したことないんですよ。目の前にある、自分にとっておもしろいものしか見てこなかった結果、こうなったといいますか」

 そして、今では自分の研究室を構え、優秀な学生を擁し、自分がラストオーサーとして論文の質を保証するような形になりつつも、非常に生産的なラボを維持している。ぼくが錯視について意見交換した大学院生たちは、修士課程の頃からトップレベルの学術誌に論文を発表している一線の研究者でもあった。

 これが、もし学生の数が少ないとか、頼りないラボだと、主宰者が孤軍奮闘しなければならなくなり、研究室全体としての生産性も落ちてしまう。四本さんは、今では「目の前にある、自分にとっておもしろいもの」に共鳴してくれる仲間(共同研究者やポスドク研究員や学生)をつぎつぎと引き寄せて、チームとして最大のパフォーマンスを発揮できるように心を砕く立場だ。

 すでに「時間の知覚」についての研究は紹介した。

 さらにそこから進んだ話題にも触れておこう。