第2回 錯視から脳の新たな働きを解明

 なお、実際に、fMRIの"f"の部分である脳の「機能」を見るのは、その次の段階で、被験者にモニターで画像を提示したり、ヘッドフォンで音を聞いてもらったりして、その時の脳の活動(血流)を、もっと素早く(通常2秒間隔で)追っていく。速さの代償に空間解像度は落とすことになるので、最初に撮った精密な立体画像を重ね合わせて参照することになる。

 四本さんが発見した「グニャグニャ錯視」について、その時、脳はどのように働いているのか。まさにこの方法で確かめられた。

 その結果が、「グニャッと曲がって見える軌道を伴う時には、『腹側経路』も同時に働いていた」、「あのグニャグニャ感は、これまで言われていたよりも、もっと脳全体としてのネットワークの働きの結果だろうと、示唆された」ということのなのである。

fMRIを使った「グニャグニャ錯視」の研究により、脳の新たな働きが解き明かされたわけだ。
[画像のクリックで拡大表示]

 実際の対話の中では、視覚皮質の中にあるV1、V2、V3とか、MT野とかMST野など細かな部位を特定しての話だったのだが、ここでは深入りしない(興味ある方はぜひご自分で探究を!)。とにかく、この錯視で、本来はあるはずもない「グニャグニャ」の軌道を感じた時には、これまで運動するものを見た時に働くとされていたのと別の部位も、同時に働いていると分かったのが新しい知見だ。そこから、実際に、人が、錯視でなく、曲がった「軌道」を知覚する時にも、脳はこのような働き方をしているのではないかと示唆される。つまり、錯視を通じて、視覚についての脳の新たな働きが分かってきたことになる。

MRIを使う四本さん。本体はガラスの向こうの部屋にあり、川端さんが台の上で横になっている。
[画像のクリックで拡大表示]

「すみません、ちょっと地味なんですけど」と四本さんは笑う。

「研究について忠実に話そうと思うと、どんどん細かく地味になっていって、インパクトがなくなってしまうんです。でも、わたしはそこにプライドを持っているというか、できるだけ大風呂敷は広げないようにしなきゃねと学生とも話すんです。だから、なかなか難しい話になっちゃうんですけど。すみません」

 たしかに、地味かもしれないのだが、エンタテインメント性の高い錯視をきっかけにして、一歩、足を踏み出すと、背景にある普遍的な脳機能があぶり出されるというのは、驚嘆に値する。そして、そのこと自体、「楽しい錯視」と同じくらい楽しいことではないだろうか。

 そして、次回は、さらにその先へ。四本さんが大きなテーマとして見つめている「時間の知覚」「多感覚統合」「脳の性差」といったテーマのうち、まずは「時間の知覚」について踏み込んでいこう。

撮影終了後、この画像から何が言えるか質問したところ、「この形から分かるのは、あるべきものがあるべきところにちゃんとあるということぐらいですね(笑)」とのこと。「ひと昔前はよく脳の形からあの人はどういう人だみたいなことを言おうと試みたり、言ってしまったりしてるんですけど、そんなことまではわからないんです」
[画像のクリックで拡大表示]

つづく

四本裕子(よつもと ゆうこ)

1976年、宮崎県生まれ。東京大学 大学院総合文化研究科 准教授。Ph.D.(Psychology)。1998年、東京大学卒業。2001年から米国マサチューセッツ州ブランダイス大学大学院に留学し、2005年、Ph.D.を取得。ボストン大学およびハーバード大学医学部付属マサチューセッツ総合病院リサーチフェロー、慶應義塾大学特任准教授を経て2012年より現職。専門は認知神経科学、知覚心理学。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社文庫)『天空の約束』、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、知っているようで知らない声優たちの世界に光をあてたリアルな青春お仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)と、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学校6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、夏休みのロケット競技会に参加する模様を描いた成長物語『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(早川書房)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。