第4回 火星に生命は存在するのか

どう考えても生物など存在しそうにない場所で生き延びられる生物がいる。写真の微生物は、南極の氷の1キロ近く下で採取された。火星の生物もはるか昔に地表から撤退して、地中深くの氷の洞窟に潜っている可能性があるのではないだろうか。(Trista Vick-Majors and Pamela Santibanez, Priscu Research Group, Montana State University, Bozeman)
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 火星に生命は存在するのか、かつて存在したことはあるのか――。これはあらゆる火星探査計画が追究している大きな謎だ。米国のバイキング1号と2号が火星に着陸してから、すでに数十年の月日が流れている。データは何年もかけて解析され、26回もの生命検出実験が行われたが、望む答えが返ってくることはなかった。バイキングプロジェクトに関与した研究者のほとんどは、火星で生命は検出されなかったと考えたが、この判断に納得しない科学者も一部にいたため、探索は続けられた。

 「バイキングのミッション以来、高度な科学技術を取り入れた火星探査が盛んに行われてきました。現在も火星の気候変動や、過去に存在した生命の痕跡の可能性について調査が進められています。また、火星で生物が暮らせるかどうかという点も、大きな研究テーマです」。こう話すのは、NASAのゴダード宇宙飛行センターの主任研究員ジェームズ・ガービン氏。彼が注目するのは、最近になって発見された有機分子の存在や、大気中に微量に含まれるメタンガスの量の変動だ。過去の火星の地質的変化には堆積過程が関わっていた形跡があり、水が重要な役割を果たした可能性が強く推測される。

火星探査車キュリオシティは化学成分の分析装置を備えており、掘り出したサンプルを幅広く分析できる。キュリオシティはドリルで穴を開けた場所で、磁鉄鉱らしき青灰色の尾鉱を発見した。磁鉄鉱は、生命との関連が推測される鉱物だ。(NASA/JPL-Caltech/MSSS)
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 「現在は死に絶えているかもしれませんが、かつて火星で生命が誕生したことはあるのかという問いは、私たちを引きつけてやみません」。こう話すのは、アリゾナ州ツーソンにある惑星科学研究所の主幹研究員ウィリアム・ハートマン氏だ。彼は、水について調べること、特に過去数百万年間における水の変遷と、水が火星の気候に与える影響を把握することが重要だと主張する。

 「火星での過去の水の様子や現在水が果たす役割、そして現時点で水や氷が火星に存在するかどうかを調べるためには、地中でどのような過程が起こっているかを考えなければなりません。もちろん、火星の地下に大量の氷が埋まっていることは、バイキング号の時代から知られていることです」

 火星にいくつもある地下の帯水層がずっと互いにつながっていたかどうかは、大きなポイントになるかもしれない。惑星の進化とともに移動する地熱地域を、微生物がわたり歩きながら生き延びた可能性があるためだ。

■水の存在

 火星の表面を水が流れているという大発見をしたのは、ジョージア工科大学のルジェンドラ・オジャ氏のチームだ。彼らに発見をもたらしたのは、マーズ・リコネッサンス・オービターに搭載された高解像度カメラ(HiRISE)と小型観測撮像スぺクトロメーター(分光計)だった。これらの撮影装置は、火星の周回軌道から火星表面のRSL(Recurring Slope Lineae:繰り返し現れる斜面の筋模様)をとらえた。

 RSLは、気温がマイナス23℃を超える暖かい季節になると現れて、急斜面をうねるように下り、寒くなると姿を消す。マーズ・リコネッサンス・オービターは、このRSLにどのような鉱物が含まれるかを調べる技術を備えている。特に幅の広いRSLで見つかったのが、水分子を含む鉱物、水和塩の痕跡だ。

 水和塩が存在するからには、水が関与する何らかの過程が存在するはずだとオジャ氏は言う。「つまり、火星の水は純水ではなく、塩水なのです。塩が水の凍結温度を下げることを考えれば、うなずける結果です。RSLが地表より温度が低い地下に多少染み込んだとしても、塩のおかげで水は凍ることなく、液体の状態で斜面をゆっくりと下っていくことができるのです」

マリネリス峡谷の一部コプラテス・カズマでも、RSL(繰り返し現れる斜面の筋模様)は見つかっている。(NASA/JPL-Caltech/Univ. of Arizona)
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 火星の地表に液体の水が存在するかどうかという問題は、火星の水の循環サイクルを理解するうえで重要なだけではない。火星での生命探索においても水は欠かせない要素だ。オジャ氏らは、火星の地表付近ではつかの間の湿り気程度に水が存在することはあるものの、過塩素酸塩が溶けているような水では、現在知られているような生物(少なくとも地球上の生物)が生存できるような環境には至らないだろうとしている。

 最近ではNASAのエイムズ研究センター主導で、アタカマ探査車宇宙生物学掘削調査(ARADS)というプロジェクトが実施された。その一環で、アタカマ砂漠の塩の中に生息する極限環境微生物を研究所で調べるためのサンプル採取も行われている。これらの生命力が極めて強い特殊な微生物は、火星で用いられる生命探索のための技術と戦略の向上に役立つはずだ。今後4年間でARADSプロジェクトは再びアタカマ砂漠を対象に、火星で生命の証拠を探すための走行、掘削、生命探索技術の実用性を確認することになる。

■「惑星保護」の観点

 NASAは原子力電池で走行し、多様な地形に対応した次世代の火星探査車の打ち上げを2020年に予定している。この探査車は、すでにキュリオシティが行っている探査活動に加わり、過去の生命の痕跡を探す。また、最終的に地球に持ち帰るためのサンプルを集める作業も検討されているが、非常にコストがかかるため、賛否が分かれている。火星のサンプルを地球に持ち込むリスクもゼロとはいえない。マイクル・クライトンの『アンドロメダ病原体』で描かれた大惨劇のように、火星からやってきてはい回る気味の悪い生き物が地球の生物圏を蝕む可能性に対して、社会的な不安が高まることも予想される。

 火星で生命を見つけるのは簡単ではないと説明するのは、SETI(地球外知的生命体探査)協会の主幹研究員ジョン・ランメル氏だ。火星に地球の生命体を持ち込まないための努力も大変な仕事だと彼は指摘する。「現在、生命探索を目的としない無人火星探査機に付着して、生きた状態で一緒に打ち上げられる地球の微生物は3億個程度だと考えられています。生命の検出を目的とした探査機の場合は、1機あたり3万個前後を目指すことになると思います」

欧州宇宙機関(ESA)の「エクソマーズ」ミッションで使用された突入・降下・着陸モジュール「スキアパレッリ」の最終清掃の様子。打ち上げ前に採取されたサンプルを検査する作業も、厳格な惑星保護手順の一つだ。(ESA)
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 微生物のほとんどは生きたまま火星にたどり着くことができず、仮に生き残ったとしても99%は火星到着後24時間以内に強力な紫外線にやられて死滅するだろう。ただし、あくまでこれは無人ミッションの話だ。「1人の宇宙飛行士が運ぶ微生物の数と比べてください。人間の体内にいる微生物細胞は約30兆個にもなります。しかも、火星に到達するまでそのすべてがしっかりと生き残るのです。こんなにたくさんの同乗者がいては、火星に微生物が生息していたとしても、見つける作業は困難になります」とランメル氏は説明する。

 現在、「惑星保護」という観点から、火星の生命に悪影響を与えないようにするための予防措置がまとめられている。人間が火星に行き、そこに滞在すれば、地球の生命体が火星に持ち込まれてしまうのだろうか。人間が持ち込んだ生物がそこで繁殖し、私たちが探し求める火星の生命のしるしを汚染する可能性はあるだろうか。反対に、火星を起源とする微生物が発見された場合、宇宙飛行士たちの身に危険がおよぶ可能性はないのだろうか。

『マーズ 火星移住計画』

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 関谷 冬華 訳
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