第2回 模擬施設で実験、火星に行くべき人間とは?

ハワイのマウナロア山にあるHI-SEASプロジェクトの施設。太陽光発電を利用したこのドームで、火星を想定した生活を送る。(Neil Scheibelhut/HI-SEAS, University of Hawaii)
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 火星を目指す宇宙飛行士の旅は、長く危険に満ちており、旅人は長距離ランナーと同じ孤独を経験する。火星を目指す道半ばで直面する精神的ストレスや緊張に耐えるだけでも苦しいが、さらに火星滞在を成功させなければならないという重圧も加わる。火星に行くべき人間はどんな人だろうか。火星行きの長旅に向けた訓練は、様々な形で進められている。

 長期にわたる宇宙滞在がどのような心理的・社会的影響を与えるかを評価する拠点になりつつあるのは、国際宇宙ステーション(ISS)だ。そこでは1970年代、米国のスカイラブ計画に参加した宇宙飛行士の一人が、管制室からの要求が多すぎるという理由で「ストライキ」を起こすという事件があった。船内滞在日数が84日間にもおよんだ最後のミッションで、丸1日のストライキを行ったのだ。このクルーは、スケジュールが過密なうえ、常にせかされるという不満を以前から管制室に訴えていた。

 最近では、国際宇宙ステーションで1年近くを過ごすという画期的なミッションに参加した米国のスコット・ケリー宇宙飛行士とロシアのミハイル・コルニエンコ宇宙飛行士が、孤独感とどう対峙し、やり過ごしたかという記録を残している。これも火星ミッションに向けたヒントになる。

■模擬火星基地での隔離実験

 欧州宇宙機関(ESA)とロシア生物医学問題研究所による共同プロジェクト「マーズ500」は独創的な隔離実験だった。モスクワの研究所に特別に設置された宇宙船を模した隔離施設で、2007年から2011年にかけて段階的に実施されたものだ。

 マーズ500の締めくくりには、火星ミッションを想定したものとしては最長となる520日間の隔離実験が行われた。被験者は全員男性で、ロシア人3人、フランス人1人、イタリア人1人、中国人1人。施設には、隔離施設本体に加えて司令室、技術施設、研究室などが設けられた。隔離施設は4つの密閉された居住モジュールを互いに行き来できる構造になっており、総体積は約550立方メートル。さらに地球-火星の往還機と上昇・下降機を模した施設も用意された。

ロシア生物医学問題研究所と欧州宇宙機関による共同プロジェクト「マーズ500」では、モスクワの研究所に設置された専用施設で模擬滞在が何度も行われている。(ESA-S. Corvaja)
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 同様の実験は、米国コロラド州に本部をおく民間団体の火星協会も独自に取り組んでいる。火星協会の模擬火星研究基地プロジェクトでは、火星に似た環境を持つデボン島と米国南西部に火星基地を模した住居を用意し、長期にわたる大がかりな実験を定期的に実施している。火星の生活や課される制約もそっくり再現されている。

 地球上での火星シミュレーションの結果から、クルーはあくまでチームの一員として選抜する必要があると、火星協会のロバート・ズブリン会長は報告している。単独のクルーとしては優秀であっても、他のメンバーとの相性が悪ければ問題が起こるケースは多々ある。「火星行きのメンバーを選考するときには、精神分析医を何人か呼んで、それぞれに一番いいと思う3人のクルー候補者の組み合わせを考えてもらいましょう」。チームのメンバーが決定したら、各チームを南極か砂漠にある模擬火星基地に派遣して、少なくとも6カ月以上の長期的な現地探査プログラムを実施することをズブリン氏は提案する。「そこで最高の結果を残したチームこそ、火星に派遣すべきチームです」

■クルーの衝突は避けられない

 海抜2500メートルのハワイ・マウナロア山にも、ハワイ模擬宇宙探査シミュレーション(HI-SEAS)のための実験施設が建てられている。2012年に開始されたこのHI-SEASプロジェクトは、NASAの人体研究プログラムの支援を受け、複数の大学が参加している。快適さを考えて作られたHI-SEASの居住スペースは370立方メートル程度の空間で、床面積は約110平方メートル。6人のクルーが寝泊まりするための小さな部屋があり、キッチン、実験室、バスルーム、模擬エアロックと作業エリアに分かれている。

 2015年8月からは、新たな6人グループがハッチの内側で生活を送り、2016年8月下旬に“地球への帰還”を果たした。1年間におよぶHI-SEASの隔離実験は今回が初めてで、NASAが支援する模擬火星実験の中では最長だ。HI-SEASミッションでは、世界各地から集まった40人ほどのボランティアチームが支援にあたる。火星の生活環境をより忠実に再現するために、クルーとのやり取りには20分間の遅延をわざわざ発生させている。クルーの任務には、地質調査をイメージした宇宙服を着用した状態での屋外活動も含まれる。

HI-SEASのドーム。多角形を組み合わせた直径11メートルのドームには、約92平方メートルのキッチン付きの共用スペースと、6つの個室に仕切られた40平方メートル弱のロフトがある。(Oleg Abramov/HI-SEAS, University of Hawaii)
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 プロジェクトでは主にクルーの構成とチームワークを検証し、惑星表面探査ミッションで直面しそうな状況について経験を重ねている。将来、長期的に宇宙に滞在した場合でもチームが自発的に行動し、高い能力を発揮できるようになるための精神的・心理社会的要素も調査のテーマだ。

「簡単に言えば、私たちは人間の体と心が健全な状態を維持できる方法を調べています。長い火星ミッションの間に殺し合いが起こってほしくはないからです」と話すのは、HI-SEASプロジェクトの主任研究員を務めるハワイ大学マノア校のキム・ビンステッド教授だ。結果はすぐには分からないが、一つ確かなことがある。「長期ミッションに付き物の衝突、これはどうしても避けられません」と彼女は言う。主導権をめぐる口論から、食事についての文句まで、どんなことでも争いの種になる。

 HI-SEASプロジェクトでは、2017年1月から新たな8カ月間のミッションが始まり、2018年1月からはまた別の8カ月間が控える。

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