第3回 火星探査車の着陸地点を選ぶということ

 だから、標高が高すぎるところは、いくら科学的な関心が高い場所でも、今の技術的な制約からダメ出しをしなければならなくなってしまう。

 さらに、成功の確率を挙げるのもエンジニアリングからの提言だ。

「僕の仕事って、ローバーがどんなふうに目的の場所をめぐっていくか、経路設計にかかわっているんです。ある着陸地点のまわりに科学的におもしろい場所がいくつかあったとします。その周辺には、走れる場所と走れない場所があって、一番いいところを目指して着陸するとして、当然誤差があるので、着陸地点の確率分布を考えて、何%ぐらいの確率でこのサイエンスの目標を達成できるかっていうのを解析するんですね。それで、ここの候補地点は大丈夫だ、ここの候補地点は危ないかもねっていう、そういう情報を出すんですね」

 これは前回にも紹介した小野さんの火星ローバーを賢くする仕事とも関連しているわけだ。

2016年9月に発表されたマーズ2020の着陸候補地点。2017年中にさらに最終候補地にまで絞り込まれる予定。(Image:NASA/JPL-Caltech)
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 小野さんたちJPLのエンジニアたちは、技術上の制約条件を示したり、科学的な成果を最適化するための指標を提示したりして、着陸すべき場所を科学者と一緒に詰めていく。

 ただ、ひとつ、サイエンス側からの要請でもなく、エンジニアリング側からの助言でもない、別の条件が惑星探査には課せられている。

 むしろ、倫理上の問題といっても差しつかえない制限だ。

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「火星はまだ、生命がいるかもしれないんで。例えば大航海時代に、西洋人がどっかの島に行って、西洋の動植物とか菌を持ち込んで、現地の生態系を駆逐したとか、そういう話がありますよね。それと同じ間違いを犯しちゃいけないから、プラネタリー・プロテクション、惑星検疫というのに気を使っているんです。火星ローバー自体も、何百度に熱して地球の菌とかを持ち込まない対策はするんですけども、それでも残っている可能性はあります。それで、最近どんどん見つかってきている、火星で今も季節ごとに水が流れている場所は避けるんです。生命がいるかもしれないから、そこに落ちる可能性があるような着陸地点は全部ダメ。あと、地下何メートル以内に氷があるかもしれない場所もダメ。そこは厳しくやってます」

 まさに火星の環境問題であり、自然保護! この考え方は、宇宙生物学的に妥当だとされていて、他の惑星(というか衛星)でも実践されている。たとえば、今、土星の周回軌道をまわっているカッシーニ探査機は、土星の衛星で生命が存在する可能性があるタイタンやエンケラドゥスを汚染しないために、来年(2017年)、みずから土星の大気圏に突入し、燃え尽きる。

 技術的な制約だけでなく、倫理的な制約まで含めて、21世紀の惑星探査は進んでいる。なんとも印象的だ。

つづく

小野雅裕(おの まさひろ)

1982年、大阪生まれ。2005年、東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程終了。慶應義塾大学理工学部助教を経て、現在NASAジェット推進研究所に研究者(research technologist)として勤務。著書に『宇宙を目指して海を渡る MITで得た学び、NASA転職を決めた理由』がある。2016年11月現在、『小山宙哉公式サイト』で「一千億分の八」を連載中。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社文庫)『天空の約束』、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、知っているようで知らない声優たちの世界に光をあてたリアルな青春お仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)と、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学校6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、夏休みのロケット競技会に参加する模様を描いた成長物語『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(早川書房)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。