第1回 実は病人が入手しづらい〈医療大麻〉のカラクリ

カリフォルニア州の「医療用マリファナ推薦書」。
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「医療用マリファナ推薦書:△×医師は、カリフォルニア州法にしたがい、□△が、マリファナを医療行為に使用するに適切な患者と考える」

 話には聞いていたが、初めて目にする「医療用マリファナ推薦書」。カリフォルニア州では、この推薦書をマリファナ薬局(そういう所が存在する)に提示して初めてマリファナを購入できる。

 だけど、癌患者や激痛の私の手に届かなかった推薦書が、なぜここに? 彼女、重病を隠していたのか?

「ハハハ、私はいたって健康よ。でも、仕事に支障があると困るから基本的に他言しないようにしているの」

 確かに州法では、たとえ推薦書があってもマリファナ陽性反応が出た場合、雇主には従業員を解雇する権利がある。しかし、ヒッピー世代で大学時代にマリファナに親しんだ彼女は、時折マリファナを吸ってはリラックスするのだと話した。そして、「私みたいな人はいっぱいいるわ」とも。

「カラクリを教えてあげようか」

 親友はそう言うと、私を車でほんの5分の診療所に連れて行った。「推薦料30ドル(約3000円)」と書かれた外看板に、緑十字のマーク。緑十字は、マリファナ関連施設の印だという。時間は夜の9時。救急病院でもないのに、こんな夜更けに開業していること自体があやしいが、扉を開くと、そこにはますますあやしい空間が広がっているのだった。

親友がマリファナ推薦書をゲットした診療所の外看板。
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 薄暗く雑然とした小部屋が受付で、受付嬢が、「先生は診察中なのでソファーに座って待つように」と、ぞんざいに指図した。先客は、タトゥーを彫った若いカップル。テーブルの上には、マッチョ系マリファナ専門誌やマリファナ薬局の割引券が山のように積まれている。日本のどこかの雑誌が、「医療が認められたアメリカで、マリファナは今やエコやロハスの象徴」なんて書いていたけれど、この診療所に吹く風は、従来からあるマリファナのイメージ、アウトローそのものだった。

 居心地が悪くなって診療所を出た私に、友人が説明した。

「健康な人でも、不眠を訴えればほぼ100%推薦書をもらえるわ」

 カリフォルニア州では〈医療用マリファナ〉は合法だが、“楽しみ”のためのマリファナまでは認めていない。そこで人々は、法を逆手に利用してマリファナをゲットしているのだ。現在、この州の「医療用マリファナ推薦書」所持者数は約75万人前後と推定される。

 医の現場では遠ざけられるマリファナが、巷でこうも簡単に入手できるとはなんという皮肉だろう。これが、アメリカの実態なのか? いやいや、本当にマリファナが必要な患者と、本気でマリファナに取り組む医師はきっとどこかにいるはずだ――。

つづく

「ナショナル ジオグラフィック 生き物の不思議な力」
ナショナル ジオグラフィック日本版2015年6月号で大反響のあった特集「マリファナの科学」をはじめ、驚きに満ちた生命の世界を存分に味わうことができる1冊。
定価:本体1,200円+税
サイズ:A4判(297×205mm)
132ページ、ソフトカバー

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柳田由紀子(やなぎだ ゆきこ)

1963年、東京生まれ。ジャーナリスト、ライター。早稲田大学を卒業後、新潮社に入社。’98年スタンフォード大学他でジャーナリズムを学び、2001年に渡米。カリフォルニア州ロサンゼルス郊外に暮らす。『二世兵士 激戦の記録:日系アメリカ人の第二次大戦』(新潮新書)、『太平洋を渡った日本建築』(NTT出版ライブラリーレゾナント)、『アメリカン・スーパー・ダイエット―「成人の3分の2が太りすぎ!」という超大国の現実』(文藝春秋)などの著書、『ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ』(集英社インターナショナル)、『木槿の咲く庭ースンヒィとテヨルの物語』(新潮社)などの訳書がある。2016年11月現在『新潟日報』で「スティーブ・ジョブズが愛した禅僧―乙川弘文」を連載中。
公式サイト:http://www.yukikoyanagida.com/