Episode3 船酔いノックダウンで、神のふところへ

 アラスカに向けて北上するには、このポート・ハーディーから再び大陸側へと渡って、フィヨルド地帯の多島海域へと潜り込むことになる。
 そのためには、クィーンシャーロット海峡を渡らなければならない。
 この先の北方にあるクィーンシャーロット島と混同しがちだが、バンクーバー島北端と大陸側の間の海峡のことである。
 ファン・デ・フカ海峡が、バンクーバー島が「島」であることを証明する入り口であるとすれば、クィーンシャーロット海峡は、出口というわけだ。

 この周辺海域からは、特に気をつけなければならないことがある。
 それは、クジラである。
 バンクーバー周辺ではほとんど見られないが、この海域からクジラの生息数がぐんと増えるのである。
 無論、クジラとの衝突は、船舶にとっては一大事だ。

 クジラの回避方法は、一つしかない。
 とにかくこちらの存在を伝えて、海中でクジラが方向転換してくれるように促すことだ。
 遠くにクジラの姿が見えたとしても、あっという間に船の下にいることがある。
 衝突しなくても、いきなり船の横腹に体を出されたら、その水圧で、小型船舶など一発で横転する。
 例えば、熊など森の野生動物に自分たちの存在を知らせるには、森に向かってフライパンなどを叩くといいが、クジラは水中生物なので、音を水中に響かせる必要がある。
 北米海域でコーストガードが推奨している方法は、船の縁(ガンネルという金属の縁止め)を棒で叩いて、振動を海中に伝えることである。
 そこで、海岸で太めのこん棒を拾い、クジラを発見した際に、すぐにでも船の縁を叩けるように、コックピット内に用意しておいた。

 大陸に渡る前に、ゴッズ・ポケットという入り江に向かうことにした。
 クィーンシャーロット海峡は、外洋に大きく開けているため、太平洋の大きな潮と波、風がもろに入ってくる。
 しかもこの海峡は、北から吹き下ろしてくる強い風と、太平洋から入り込む強い潮がぶつかり、潮の流れと、海面に立つ波が交差する現象が起こり、船乗り泣かせの海域とも言われているのだ。
 この海域の船乗りたちは、この現象を「タイダルリップ(tidal rip)」と呼んでいた。

 要するに、海面の動きに一定のリズムがないため、海面がぐじゃぐじゃで舵が取られやすく、進みにくい状況なのである。 
 船の揺れもまた、一定のリズムがないため、船酔いをする人にとっては、確実にゾンビのようになる海域だ。